セミナーの記録と日程

全所的プロジェクト研究

第2回プロジェクト・セミナー

1999年5月25日 ◆於:社研大会議室

報告:末廣 昭
「コーポレート・ガバナンス」と「グッド・ガバナンス」—世界銀行、日本、タイの捉え方—

 次期共同研究を準備するプロジェクトセミナーの第2回は、末廣昭氏の報告で、「コーポレイトガヴァナンス論—世銀、タイ、日本での議論」というテーマで行われた。
 報告は、今年度立ち上げる共同研究プロジェクトでキーコンセプトのひとつとして計画されているコーポレイトガヴァナンスを取り上げ、アジアで世界銀行が提示したものとタイでの受け取り方、日本での議論を比較することによって、コーポレイトガヴァナンス論の背景とその射程、地域や立場による文脈の違いなどを析出し、共同研究としてとるスタンスのや視野の広がりを提供することを目指したものである。

【末廣 昭】  「コーポレート・ガバナンス」と「グッド・ガバナンス」—世界銀行、日本、タイの捉え方—  →【討論】

報告の概要

【報告のレジュメ】はじめに

【報告のレジュメ】「コーポレート・ガバナンス」論の登場とその背景

【報告のレジュメ】「コーポレート・ガバナンス」の定義と国際比較

【報告のレジュメ】アジア経済危機と世界銀行の「コーポレート・ガバナンス」論

【報告のレジュメ】タイにおける「グッド・ガバナンス」論と「強い社会」論

  1. 民主化論としてのグッド・ガバナンス=タンマラット論
  • ティラユット・ブンミーのタンマラット「10の実践」:(『Matichon Raiwan』1998.1.26 より)
    1. 危機のもとでの国民の力の結集を図る。
    2. 今回の危機を招いた原因を、国民参加のもとで徹底的に究明する。
    3. 透明かつ公正で説明責任性をそなえた公共サービスの実施。
    4. 経済問題を社会、文化に関連づける視点の確保。
    5. 短期ではなく長期的視点にたった経済回復のシナリオの作成。
    6. 意思決定への国民の参加とそのシステムの構築。
    7. 外からの改革ではなく、自主的な自己改革(*IMFを意識)。
    8. 国王が提唱した「ほどほどの経済」の実施。
    9. 消費者主権の確立や情報開示の推進。
    10. 国民や地域住民社会(コミュニティ、タイ語でチュムチョン)の「力強さ」の育成。
  • 国王の「ほどほどの経済」論
    • 経済危機の最中である97年12月5日、70歳の誕生日祝賀会での国王の講話のうち、「(経済の)虎になることが大切なのではなく、ちょうど生活できるだけの自給自足的な経済(セータギット・ベープ・ポーミー・ポーギン)こそが大切なのです」という言葉に依拠している。

    • なお、この考えは翌98年12月の71歳の誕生日祝賀会でも再度繰り返された。国王は、首相をはじめ2000人の各界各層代表に対して、「ほどほどの経済(セータギット・ベープ・ポーピアン)というのは、経済を何から何まで100パーセント満たすというのではなく、全部を4分の1くらいにしておいて、残りを適当に補えばいいという考えです。別の言い方として、100パーセント満たしてまだ貪欲に贅沢する人も居れば、全然満たしていない人もまだ大勢居る。国民がひとしくほどほどの生活が送れることを願っているのです」と述べている。
  • リキット・教授のタンマラット「10の指標」:『Matichon Raiwan』1998. 7. 16 より
    1. 社会の大多数が求める政治的道義性にもとづいて政治を実行すること。
    2. 少数の富裕層ではなく、国民の大多数の要求に応える法律を発布すること。
    3. 国際的に容認される法律が原則となり、行政が実行される法治社会、Rule of Law を実現すること。
    4. 行政が透明であること。1997年憲法における公文書の閲覧の権利の保証。
    5. 国家のリーダーが先見性、理念、倫理性をそなえ、汚職、利権争いに走らないこと。
    6. 国家の自然資源を有効に利用すること。
    7. 学問的根拠にもとづく政策の決定。一族郎党の私益のために政策を実施すること。
    8. 公務員は、国家行政に効率と成果を生み出すような能力と資質を有する人間を選考すること。
    9. 政治的不正、汚職を防止するために、政府の独立機関である監視機関を設置すること。
    10. 政策決定に国民が参加すること(国民投票や不正摘発・批判の権利)
  1. 「強い社会論」=「ソーシャル・ガバナンス」論
    (出所 Prawet Wasi, Yutthasat Chat phua Khwam Khemkheng thag Setthakit, Sangkhom lae Sinlatham, Bangkok, Mo-Chaoban, 1998.
  • プラウェート・ワシー医師。マヒドン医科大学の教授、NGOの連絡組織の代表、国家社会問題委員会(97年11月、委員長は首相)の創立委員。
  • 道徳倫理を基礎に置く。
  • (1) 道徳倫理
    →(2) 正しい知
    →(3) 正しい経済
    →(4) 正しい国家
    →(5) 強い社会→今回の未曾有の経済社会危機を乗り切ることが可能。

  • 道徳倫理に基本にあるのは、仏教の5つの根(インシー):
    1. サッター(信):信仰。
    2. ウィリヤー(進):勤勉努力。
    3. サティ(念):精神集中。
    4. サマーティ(定じょう):心をしっかりもつ。
    5. パンヤー(慧):知恵。 この5つの「根」を5つの「力」(パラ)に変え、道義をかなえる。
  • 垂直型人間社会(弱い社会)、ばらばらの人間社会(弱い社会)ではなく、コミュニティを構成するネットワーク型人間社会(強い社会)が必要である。
  • 国民国家ではなく、地域住民社会=コミュニティ(タイ語でチュムチョン)に生産、消費の基本単位を置く。
  • 経済は、「ほどほどの経済」「コミュニティ経済」、農業に基盤をおく経済とする。
  • コミュニティを基盤に、政策の立案、決定、運営、人材の開発、労働教育、予算策定、法律制定、成果の査定などを実施する。
  • プラウェート医師の考える「コミュニティ」は、実際に存在する自然発生的な、地縁=血縁組織であるが、同時に行政単位としての組織ではなく、住民が自主的に結成する、より人為的な組織でもある。
  • 1997年新憲法では、「コミュニティ」=チュムチョンに法人格の資格を与えている。
  • 「コミュニティ」は、1997年から内務省が進める地方分権化政策(行政区議会の権限強化)、大蔵省の地方財政開発計画の受け皿としても意識されている。
  1. タイの「コーポレート・ガバナンス」論
  • タイ内部会計監査人協会などの提言:世銀の方針と変わらない。
  • 新聞、マスコミ紙上では、「コーポレート・ガバナンス」論はほとんど展開されず。
  • ノンバンク91社のうち、97年8月までに58社が営業一時停止処分 → 97年12月に58社のうち56社が清算処分
  • 地場商業銀行16行のうち、
    1. 3行が外国銀行にマジョリティを売却(Thai Danu, Bank of Asia, Nakhonthon)
    2. 8行が政府の管理銀行(BMB, Siam City Bank, Rattanasin 買い手がなければ事業閉鎖、Laemthong Bank, First Bangkok City Bank, Bangkok Bank of Commerce, Union Bank of Bangkok, Krungthai Bank)
    3. 2行が政府の公的資金を注入(Siam Commercial Bank, Thai Military Bank)。
    4. トップ3行のみが自主的に自己資本増資に成功(Bangkok Bank, Thai Farmers Bank, Bank of Ayudhya)。
  • 地場財閥グループの債務再構築と事業再編 (今回は略→『社会科学研究』へ投稿)

※ホームページでは図表は省略した

【報告のレジュメ】「ガバナンス」論の射程—タイの議論との比較—

<記録:土田とも子>