「希望の中の年老いた母」
中村 圭介 (社会科学研究所)
今年の正月,僕の母は幸せだった. 孫5人,僕ら夫婦,弟夫婦の計9人と一緒にカラオケルームに行った.僕の家から歩いて5分ほどのところで,一人で暮らしている母にとっては,大勢の孫(実は,もう1人いる)に囲まれてにぎやかに過ごすのは,年に何度もあるわけではない.ちょっぴりかわいそうだが,孫が成長するにつれ,そうした機会は減ってきた.今年の正月は違った.しかも,カラオケルームである. 母はカラオケルームの奥の席に陣取り,両側に嫁や孫をたずさえて,満面笑みであった.持参のみかんを配ったりしていた.バス旅行にでも行くような気分だったのだろう.母は「道連れ」を始め何曲か歌った.息子の僕が言うのもなんだけれど,83歳にしては,音程もしっかりしていたし,声も出ていた.老人会の集まりで歌っているらしい. 僕は3曲選び,2曲歌った.2曲とも弟とのデュエットである.歌えなかった1曲のタイトルは「スターダスト・ボーイズ」.15年ほど前に,一部の子供たちの間で流行ったアニメの主題歌である.ちなみに,僕も好きだった.前奏が流れたとたん,娘たちがマイクを握ってしまった.だから,歌えなかった. 息子2人のデュエット曲は「ヨーデル喰べ放題」(喰べほおーだーい)と「俺は東京さ行ぐだ」(テレビもねえ,ラジオもねえ).もちろん,受けねらい.僕は常に家族サービスに心がけているのだ. カラオケが終わって,母は「ああ,楽しかったー」と言った.心の底から言った.「来年もまたみんなでやりたいね」とも言った.2ヶ月たった今でも,「正月は楽しかった,来年もまたやろうね」と言っている.来年のカラオケルーム. 母にとっては大切な希望なのだ.
中村 圭介 (なかむら けいすけ) 社会科学研究所教授 専門は労使関係論・人事管理論・作業組織論
紹介ページ:http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/mystaff/ksk.html
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