「就活」における希望(「心のひだ」仮説)
坂口 慶樹(企業人事部門勤務)
先般、既に本コラムに投稿・掲載されている、河野仙一さんから、企業の人事担当という立場で希望について書いてみてはどうかとのお誘いを受けた。彼とは昨年7月15日の希望学誕生の日、シンポジウム後の懇親会において偶然話をしたことから交流が始まり、その日以降、私なりに「希望」という言葉を考え続けていたこともあって、これもご縁と筆をとることにした次第である。
さて、どういう切り口で書くのがよいか。ちょうどこの時期は、大学生の皆さんの就職活動、最近の学生曰く、「就活(しゅうかつ)っすよ、先輩。」が始まる時期でもあり、採用活動の最前線で14年に渡り多くの学生達と接してきた私の体験を踏まえ、標記の題にて筆を進めさせて頂くことにする。
例えば、ここ数年、このような学生と出会い、採用の可否についてぎりぎりまで悩んだ挙句、「うーん。やはり採れない・・・」と断腸の思いでお断わりせざるを得ないケースが多くなっている。深い愛情を受け、すくすく育ってきたのはよくわかるし、大学での成績もそこそこ。しかし何かが足りない。一番適切な言葉を探していると、「心のひだがない」、「心のひだがわからない」という言葉に思い当たる。これ以外に適当な言葉がないのである。
ところで、ここでいう「心のひだ」とは一体何なのだろうか。手元の辞書を引くと、「その時どきに感じ取られる、心情・感性のニュアンス」とあり、なんとなくは理解できるもののやはり掴み所がない。そもそも、人間の体内で「ひだ」と言えば、胃腸の表面や脳みそがすぐに思い浮ぶ。これらは、「ひだ化」することにより表面積を大きくし、栄養を吸収しやすくしたり、限られた入れ物に最大限の容積を確保するために進化してきたものである。ここでは、だいぶ乱暴だが、心が人間の体のどこに宿るのかという議論はさておき、心にひだがあってもよいではないか、いや、あるのだと考えた上で話を進める。
では、どうすれば心にひだが育つのだろうか。
私は、それは希望が破れる時だと思う。人は希望が破れれば絶望する。絶望すれば、その時は死ぬほど落ち込むし悔しいし心に傷もつくが、しばらくすると、この次はあそこをこうやって何とかしてやろう、という気持ちも芽生えてくる。加えて、そのように打ちのめされた状態にある人間の心持を理解することができるようにもなる。この経験を繰り返すことにより、心のひだも増え、その深みも増してくるのではなかろうかと思うのである。
そのような意味で言えば、就活はまさに、希望と絶望の波が一時期に怒涛のように押し寄せる体験である。多くの学生は、就活前に大きな希望を持つ。例えば、巷間知られる「就職人気企業ランキング」の上位に名前の上がる企業が「第一希望っすよ、先輩。」となる。しかしながら、その希望が叶う人はまれであって、多くの人は希望が叶わず別の企業の門をたたく。そこでまた希望は破れる。場合によっては、「あなたの学部からは採用していないから」と学生から見て理不尽な理屈により断られることもあれば(かくいう私がそうだった)、選考の最終段階まで全然至っていないにも関わらず、いきなり携帯電話で内定受諾の決断を迫られる。このようなことの繰り返しを2、3ケ月という短期間の中で繰返さねばならない作業が就活なのである。
私の勤務する会社は現場をもつ「もの造り企業」である。大学卒の新入社員は、まずは現場に放り込まれ、現場で製造に携る社員、技術担当のエンジニア、下請け企業の方など、バックグランドも物の考え方も様々な人達と現場でコミュニケートしながら仕事を進めていかなければならない。それだけに、様々な人の立場と心持を深く理解できる「心のひだ」をなおさら求めてきたのではないかと解釈している。
手前味噌な話になってしまったが、このような意味での「心のひだ」は多かれ少なかれ人が世の中で生きていく上で求められるものではなかろうか。これは、最近の学生を戦戦兢兢とさせている「プレゼン能力」、「論理的に話す能力」とは全く異質のものである。そこで、最近の学生ならば、すぐにこう聞いてくるのだろう。「どうやったら心にひだができるっすか、先輩。」と。
学生の皆さん。心配はご無用。まずは、大きな希望を胸に抱いて、全力で就活にぶつかってみよう。そして大いに失敗、絶望しよう。悔しい思いをすること、予測不可能な事態に直面することがあろうとも、真摯な姿勢でその作業を何度も何度も繰返していけば、あなたが気付いた時には、自分が一番納得できると思える仕事を、生き方をその掌中に収めているはずだ。
そして、その時あなたは、就活を始める前の自分と違う自分がそこにいることに気付く。 心のひだが知らないうちに増え、深くなっていることに気付くのだ。 人は変われる。
(追記)
学生さんへのエールを送るという意味も込めて本文を記したので、追記という形で若干の言い訳と補足をさせて欲しい。
- 人間に「心のひだ」があるように、会社にも「ひだ」がある。これも人間同様だが、会社によって、組織によって、そのひだの数と深さはまちまちであり、学生にはそれをしかと見極める力が必要になるが、これは、本文で書いたことを実践していけば自ずとついてくる力だと思う。
- 仮にうまく進路が決まったとしても、その時は達成感に浸ってもよいが、万能感を引き摺ってしまうことには気をつけて頂きたい。なぜなら、あくまでその時点では、更なるお楽しみが待っている「希望と挫折のジェットコースター」のシートベルトをぎゅっと締めたに過ぎないのだから。
- 冒頭でも触れたが、今回は、河野さんとの出会いがなければ筆をとらなかった。河野さんに感謝します。学生さんには、就活で「このような偶然や縁を大事にして欲しいっす」。
- 最後に、本文を読まれた大人の皆さんへ。お願いですから、「心のひだの育て方」といったマニュアル本を企画されるのはご遠慮下さい。それこそ「ひだ」が育ちません。
以上
坂口 慶樹 (さかぐち けいじゅ)
企業人事部門勤務
熊本県生まれ。大学卒業後、1992年某もの造り企業に入社。製造現場の労務人事管理部署にてバブル崩壊後の大規模な合理化施策に携った後、主として本社部門における人事管理を担当。
希望学宣言の日、玄田先生の「学問はある意味でベンチャー。後出しジャンケンばかりしていてもしょうがない」との言葉に胸を打たれ、「希望と挫折、その後の修正のプロセスの意味」を明らかにする希望学プロジェクトに実業の立場から発言できることもあると確信し、その日以降、「希望」について考え続けている。
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