「キャリアと希望」
宮田 祐子(キャリアコンサルタント)
私は必ずしも経済的に裕福とはいえない家庭に生まれた。ニートが生まれる家庭は経済的に余裕がない場合が多いそうだが、その意味では私自身、働く希望を持てないニートになる可能性は充分あった。多くのニートと同じように将来何になりたいかも分からなかったし、大人になることが、嫌で嫌で仕方なかった。
ただ、未来に希望を持てない環境の中で育ったとしても、やりがいのある仕事と出会えること、未来に希望を持てる日が訪れることをあることで偶然知った。 その「あること」の中身は、ちょっと内緒だ。
そんな私が今は、幼い頃の自分と同じような想いを抱えた人を支援する仕事をしている。だからかもしれない。自分の未来を諦めないで欲しい。そんな想いが私の仕事の根底にはある。
先日ある大学で行った、卒業後の進路と大学生活の計画を立てキャリア形成の 意識付けを促すべく、実施した1年生向けガイダンス。 「人生そんなに思い通りにならない」 「こんなの書いたって、計画通りに行くわけないんだから、意味ない」 そんな本音が書き添えられているアンケートが何枚か目に付いた。きっとここまで書かないまでも、同じことを感じている学生は少なくないだろう。このままではガイダンスを実施しても意味がない。
いったいどうしたら、私の本当に言いたいことが伝わるんだろうか。
その時、ふと頭をよぎったのが、実は希望学の話だった。彼らの本音に対する答えになるんじゃないか。私には、1年生向けのガイダンスを行うチャンスが、まだ残り3回あった。
2回目のガイダンスのとき、私はこんなことを学生に聞いてみようと思った。 「みんな「やりがいのある仕事に就きたい」「幸せな人生を送りたい」って言うけど、そもそもやりがいのある仕事っていったいどんな仕事?幸せってどういうこと?キャリアデザインはなんの為にするんだろう?」
もちろん、将来の計画を立てたってその通りになるわけがない。実際、小さいときの夢を叶えている人なんてごくわずかだ。それが現実。思った通りに生きることは不可能だって分かっている。それでもこのガイダンスで「将来の計画を立ててみよう」と言うからには理由がある。なぜだと思う?
彼(女)らが心の中でつぶやいているかもしれないそんな疑問を、そのままこちらから問いかけて、みた。その瞬間、すっと空気が変わった感じが私にはした。そんなことに答えがあるはずがないという半信半疑な目と、いったいこの人は何を言うのだろうという好奇心をかすかに秘めた目が混じり合っていた。多くの学生が、その先に続くはずの答えに関心を持っているように見えた。
今なら伝わるかもしれない。そう感じた。希望学シンポジウムで聞いた話を、私なりに彼らの心に届けてみたいと思った。
やりがいのある仕事に就いている人は、小さい頃に希望する職業を具体的に持っていた人の方が、持っていなかった人に比べて多い。
人生を「とても幸福」と感じている人は、過去になりたい職業を具体的に持っていた人が多い。
人生の中で挫折したことがある人の方が現在希望を持つ傾向にある。
話のメモを取るペンの音が一斉に鳴り始めたように聞こえた。私もちょっと緊張しているのだけれど、できるだけ焦らないようにして一呼吸置いて続ける。 言葉が手元の資料にだけでなく、彼らの心に刻まれていくことを願いながら。
やりがいのある幸せな人生を実現する力=希望を持つ習慣。
やりたいことを持つこと自体に意味がある。
だから、計画を作ってみようよ。希望を持つことから始めてみようよ。将来計画通りの人生を歩むことは不可能だけど、幸せな人生を送ることは可能だよ。
挫折したことのある人であればあるほど、幸せになる確率は高いかもしれない。
挫折したということは、それだけ希望があったということ。今もし挫折して劣等感を抱いているとしたら、それは自分に希望をかなえる力があるということなんだ。 希望を持つ力をつけよう。今からそのクセをつけていこう。その最初の一歩として大学生活の計画を立ててみようよ。
その日のガイダンスのアンケートからは「計画を立ててもしかたない」という言葉が消えた。その結果の10日後、もっとうれしい事があった。驚いたことに、希望学の話をしっかり話したときの学生たちは、任意提出のキャリアシート(大学4年間のキャリアプランを記入)の提出率が圧倒的に高かった。もちろん、提出理由を知る手だてはないので、その本当の真意はわからないが。
私はキャリア支援の仕事をしながら感じていることがある。世の中がどんなに不安に満ちていようと、大人たちがどんなに失望をしていようと、若者たちは生きている限り心のどこかに希望を持ちたいと思っているのだと。これから迎えるであろう「大人として生きていく時間」を前にして、自分の人生に希望を持ちたくない人などいないのだ。それだけ、人は希望を持つための理由、きっかけを必要としているのだと思う。
宮田祐子 (みやたゆうこ) キャリアコンサルタント。 大学卒業後、大手総合小売業に従事。その後、人材育成コンサルティング会社
OUT FRONTに在籍。NPO法人 学生キャリア支援ネットワーク理事。
若年者のキャリア形成支援を中心に活動。 家庭・学校・企業という3つの育成現場を通して紡がれていくキャリアと、それを支える「人」「環境」に着目。
次世代を育成しあえるキャリア形成環境の創造を支援している。
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