第4回 ショーシャンクの空に The Shawshank Redemption
※今回のコラムは、映画『ショーシャンクの空に』についてネタバレの部分があります。未見で、ストーリーに興味のある方はご注意ください。
『ショーシャンクの空に』は、この映画の語り手、レッドの映画である。この映画の脚本家であり、監督であるフランク・ダラボンが、最初に決めたキャストもレッドであり、そのレッドを演じたモーガン・フリーマンも「彼(レッド)は映画そのものだ」と語っている。もしこの映画を5分間だけ観たいなら、レッドの3回の面接シーンだけを抜き出して観るといいだろう。なぜならフランクがこう言ったからだ。「あの面接シーンの推移がこの映画のテーマそのものだ。そしてモーガンの演技も完璧だった。」と。
スティーヴン・キングの『刑務所のリタ・ヘイワースRita Hayworth and Shawshank Redemption』を原作としたこの映画、公開当時である1994年の興行成績は、さんざんなものであった。アカデミー賞7部門にノミネートされながらも、1つも賞をとることが出来ず、関係者一同このまま「終焉をむかえる」かと思われた。しかし、その翌年、全米でレンタルビデオ部門の第1位となった頃から、この映画に対しての様相が変化してくる。「メールが届くんだ。この映画が最悪の結婚生活、もしくは離婚を乗り越える力をくれた、ってね。あるいは、人生最悪のときや重い病気にかかったとき、愛する人を亡くした時、励みになった、と。」監督・フランクのもとには、映画公開後十数年を経た今も、この映画に対する、こういった「特別な」メールが舞いこんでくるという。そして近年、インターネット・ムービー・データベース(IMDb)の投票で、『ゴットファーザー』や『スター・ウォーズ』と上位争いをするようになるまでに「成長」した。「カーチェイスも、セックスも、アクションもSFXもないこの映画が、今までこうして評価され続けているのは、すごいことだ」と、この映画のキーパーソンであるアンディー・デュフレーンを演じたティム・ロビンスは語る。「これは、希望と、そして男性の友情を描いた希有な物語なんだ。」と。このティムの言葉を、フランクは笑ってうなずき、否定しなかった。
面接官 「あなたは自分が更正したと思いますか?」 レッド、1回目の面接シーンである。面接官の一人はあくびをかみ殺しながらレッドをみている。おきまりの、いつもの、何の変哲もない世界の描写がそこにある。「台詞以上のものを映画に与えることができる」という理由で選ばれたレッド役のモーガン・フリーマンが、愛想笑いとあきらめの間で、まるで旦那にお伺いを立てる召使いのような口調で「いつもの」言葉を吐くのだ。結果はもちろん「(仮釈放)却下 rejection」。そうやって退屈な、けれど「安全な」世界がまるで永遠に続くかのような、そんな印象をうえつけられるシーンだ。しかしこの日は、折しもアンディが入所してくる日でもあった。変わらない現在へ、変わるかもしれない種が、ショーシャンク刑務所に紛れ込んでくる。
アンディ 「君は調達屋だそうだね」 妻とその愛人殺しの罪でショーシャンク刑務所の<しあわせ一家>の一員となった元銀行副頭取のアンディー・デュフレーンが、この映画の語り手であるエリス・ボイド"レッド"レディングに対して初めて語りかける言葉の一つだ。刑務所の中では「気取り屋」だ、「スカしてやがる」と評判の長身で細身の白人男性、それがアンディだった。しかしレッドは「人生をあるがままに受け止める男」であり、他人による評判や噂よりも、自身の目や耳を信じていた。そして、アンディの立ち居振る舞いや存在の仕方は、レッドの好きなものだった。「俺はアンディを初めから気に入っていた」。そんなアンディが初めてレッドに依頼した購入物は、鉱物を磨き砕くための小さなロック・ハンマーだった。
「彼(アンディ)は、ただ生きたかっただけなんだ」アンディを演じたティム・ロビンスはそう言う。「同じ毎日を送ることで、『感覚』が死んでいくのが許せなかったんだ。ただ、生きている実感が欲しかった」だからアンディは、鉱物や、音楽や、図書や、教育にのめりこんだのだ、と。
ここに興味深い伏線がある。刑務所に入る前のアンディの生活こそ、毎日おきまりのパターンで生活を送り、一番傍にいる妻が『感覚』が死んでいく生活に耐えきれず、他の男性との恋愛に走った、という点だ。つまり、アンディは刑務所へ入ったことで、どの瞬間も「生きる」ことに固執し、生きるためのチャンスを狙う人間へと変貌したのだ。アンディ、第一の変貌である。しかしこの第一の変貌については、俳優も監督もほとんど語らない。アンディは、この映画において、レッドを始め多くの「無実の仲間たち」が、「お定まりの、不透明な、存在するもののなかにただ受け身に投げこまれているだけの、犬のような生活(ブロッホ、 1982)」をしてきた世界に、決して大仰にではなく、「生きる」実感を求める人間として、希望を携えて出現する。まるで昔からアンディは生きることに固執する男であったかのように。
アンディは不思議そうな顔をして、レッドに言う。
アンディ 「ここ(刑務所)だからこそ、一番大切な感覚なんだ。忘れないためにも必要なものだ」 けれど「希望」は、刑務所暮らしに慣れたレッドにとって「多分死ぬほど恐ろしい、大きすぎる Probably scare me to death, somethin' that big 」ものであった。事実、囚人であれば誰しもが望む仮出所という「希望」を実現した老囚人ブルックス・ハトレンは、出所後、変容しきった塀の外の世界に居続けることが出来ず、自らの命を絶つという結末を選択する。一方、「希望」を怖れず求め続けたアンディに初めて出現した希望もまた、彼自身や彼の仲間を打ち砕くことになる。
ここで、レッド2回目の面接シーンとなる。
面接官 「…あなたは終身刑で30年間刑に服したようですね。あなたは自分が更正したと思いますか?」 レッドにとって「希望」は、やはりモンスターでしかなかった。変わらない生活、お決まりの、犬のような生活であっても、「なにか」が起こってしまうよりはずっとましな生活。レッド2回目の面接は、望むべくして「(仮釈放)却下 rejection」となる。
しかし一方でアンディは、人生で唯一泥酔し、記憶をなくし、受け止められなかった「過去」を、希望を打ち砕かれたことではじめて受け止めることになる。妻を、「浮気した妻」から「夫に助けを求めたが、その手を払いのけられ絶望へと至った妻」へと変貌させたのは自分である、と自分の「罪」を認めたのだ。そして、今まで抱いていた、自分の「無罪」が判明さえすれば正しい世界が開け、自分は救われるのだという「希望」から、閉ざされた世界(刑務所)から外へでる、というシンプルだが荒唐無稽な「希望」を自身のかたわらにおくようになる。アンディ、第二の変貌である。
アンディ 「…いつかここを出られると思うか?」 泥酔するほど向き合うことができなかった記憶を受けとめ、自らの罪を認めたアンディが、次の生を育むために選んだ場所は"記憶のない温かい場所 a warm place no memory"であるメキシコのジワタネホだった。
レッド 「そんなことを考えるのはやめたほうがいい、アンディ。そんなのはただの夢物語だ!メキシコははるか南だし、おまえはこの中、それが現実なんだ!」 なくそうとしていた記憶と対面し、自らの「罪」を受け止めることができたアンディが、今度は「記憶のない場所」を渇望し、「希望」する。このことは、「転生」というある種宗教的で劇的な儀式によって禊ぎをおこない、全てを忘れて次の生を受けるための「希望」というより、アンディが自分の身体を必死に下水道管を押し込め、自分の力で下水道管を這うという、身体にある刻印を入れながら世界の破壊を試み、再度世界へと誕生するための「希望」ではないだろうか。おそらくアンディは這いつくばった下水道管の狭さや臭いを忘れないだろう。自分の手で一つひとつ這っていったその途は、身体に「記憶」され続けていくはずだ。彼は、現在が過去と地続きであり、そこから目を背けてもその事実は在りつづけることを知ったからこそ、自らの力を振り絞って「記憶のない場所」へと羽ばたくことを選んだのだ。
アンディが鮮やかに未知の世界へと羽ばたいた後、レッドの3回目の面接が始まる。
レッドが面接室へ入室し、椅子に座る。もはやレッドの顔にへつらうような笑みはない。面接官のお決まりの文句「あなたはご自身が更正したと思いますか?」という問いに、レッドは面接官たちの、その先を見ながら話し始める。
レッド 「…あんたたちは、本当は何が知りたいんだ?俺が罪を犯して後悔しているかって?…後悔しない日など一日もない。あの当時の俺は、人の命を奪ったバカな若造だった。そいつと話がしたい。そいつに分別を言って聞かせたい。ものの道理を説いてやりたい。だが、出来ない。…更正?まったく意味のない言葉だ。書類に不可の判を押せ。こんなのは時間の無駄だ。正直言って、仮釈放などどうでもいい」 レッドは「許可 Approved」の刻印をもらう。
モーガン・フリーマンは言う。「私はこれがレッドの解放だとは思わない。"救済"だ。無実だったアンディに与えられたのが"解放"だ。自分のしたことの代償を払わなければ人生なんて取り戻せるはずがない。まず償うんだ。だからレッドは償い、アンディは解放されたんだ」
レッドの3回の面接シーンがテーマだと言った監督のフランクはしかし、3回目の面接シーンでこの映画を終わらせてはいない。仮釈放後、外の世界に出ても罪を償い続けなくてはならないレッドが、「希望」という言葉を手に入れるためのいくつかの道のりを描いている。自殺への誘惑を断ち、アンディからジワタネホへ誘われる手紙を見つけ出したレッドは、その手紙を手に2度目の犯罪をおかす。指定外地区への旅、つまり「仮釈放違反」だ。
レッド 「さて、これからどうするか。だが、そこにはなんの疑問もないはずだ。いつも、とどのつまりはふたつの選択のうちのどちらかになる。必死に生きるか、必死に死ぬか。 <参考文献・映像> 文責:佐藤由紀(東京大学大学院学際情報学府) |