【中村 民雄】 1980年代以降のイギリスの憲法・行政法改革 →【討論】
3.日本との比較の視座
ひとつは統治制度の面でいうと、例えば日本という文脈の中でも統治権と移転あるいは共有というものがもたれているのではないか。どのような法律論でそれが出てくるのか。その結果、新しい政治空間というものができるのか。とりわけECのように地方と越境的な要素との間に直結的なパイプのような制度があり得るのかというのがひとつの問題である。二つ目の行政手法については、おそらく日本でもエイジェンシーの独立行政法人といったような議論もあるので、かなり重なると思うが、先ほど紹介したCitizen`s Charterの発想にあたるような非効率的な手法での行政統制、効率化促進といったものについては論議があるのかどうかについては私はよくわからない。もしないとするならば、それはなぜなのか。なぜエイジェンシーという形ばかりを輸入してきて、他のものを輸入しないのか。そういうことが比較のひとつの焦点になるのではないか。もうひとつは、Citizen`s Charteのような発想がもし入っているとすると、その競争の比喩といったものが常に使われるわけだが、しかし公共サービスに競争の比喩というのは、いわば自己矛盾のようなものであり、どこか限界がある。市民イコール消費者、行政をサービス市場とするといった比喩の問題点を法律的にどのように表現し、どのような価値でとらえて問題をかまえるか、法律的に対処するかといった点が、比較のひとつの視座の切り口になるのではないか。
<中村民雄>
|