【大沢 真理】 社会政策の比較ジェンダー分析
→【討論】
はじめに—比較制度分析と福祉国家類型論の符合—
本日のセミナーでは福祉国家の比較分析の研究動向を中心に報告する。「グローバリゼーションと福祉国家」という主題でこのプロジェクト研究に参加する計画だが、その際の作業仮説でもある。
- 青木昌彦「官僚制多元主義国家と産業組織の共進化」(青木ほか『市場の役割・国家の役割』1999)
青木氏は上記の論文の中で国家の類型論を試みているが、それは社会政策の比較分析の一つの業績、エスピン−アンデルセンの「福祉国家の三類型」というモデルと非常に似ている。違った分野からでてきた比較制度分析と福祉国家の比較分析が偶然符合しているのだが、その中で日本が興味深い位置を与えられている。
青木氏は従来の比較制度論や開発の政治経済分析と違って政府と国家を分け、「政府」は中立ではなく固有のインセンティブを持つ政治経済ゲームのプレーヤーの一つ(内政的プレーヤー→奥野)である、と主張する。これとの関係で「国家」は、政府と民間プレ−ヤー(企業・個人)が行うゲームの均衡状態、と位置づける。
ゲームの均衡状態としての国家は、自由民主主義国家、結託国家、開発主義国家、社会民主的コーポラティズム国家、官僚制的多元主義国家、と類型化され、日本はこの中で官僚制的多元主義国家である、と位置づけられている。自由民主主義国家にはアングロサクソンの国、社会民主的コーポラティズム国家には北欧とともに大陸ヨーロッパが入れられている。
青木氏によれば、日本の官僚制多元主義の、北欧、大陸ヨーロッパとの違いは、日本では企業所有者と労働者の利害対立の調停が企業ごとに経営者の調停・裁定によってなされるので、主権国家レベルのコーポラティズムでなくミクロコーポラティズムであり、そのうえで業界ごとに担当の省庁(現局)と結びついて様々な利害の調整が行われる。それは主として熟練のあり方が違うことによる。ヨーロッパ・北欧では、熟練は労働者が横断的に組織しているのに対し、日本では職場集団の中で曖昧に分かちもたれており、企業ごとに利害を調停する。
青木氏のこの分岐の捉え方はわかるが、たとえば結託国家の中のどういう条件の国が開発主義国家になるのか、開発主義から官僚制多元主義に"進化"した日本、というがどういう条件でそうなったのか、全体として5つの類型の分類基準は不明確である。
- エスピン-アンデルセンは福祉国家体制を以下の三類型に分けている。
- 自由主義的福祉国家—アメリカ、カナダ、オーストラリアなど
- 保守的コーポラティズムの福祉国家—ドイツ、フランス、オーストリア、イタリアなど
- 社会民主主義的福祉国家— 北欧諸国
分類基準
- 社会政策の「脱商品化(de-commodification)」—近代的な社会権的権利の導入により人が市場に依存せずに生計を維持できる場合が生じ、労働力の商品性が弛緩する—の度合いで区別。社会保険給付の所得代替率・加入年数要件・財源中の個人負担割合、などでこの度合いを測る。
- 社会の階層化のシステムとして福祉国家をとらえ、その階層化のあり方で分類する。
- 保守的かどうかは「コーポラティズム」—(職域により分立する年金制度の数によって測定。すべての市民が単一の年金制度の場合コーポラティズムの度合いが低い、とする。)と「エタティズム」—(公務員に対する年金給付費の対GDP比で測定。)の変数によって捉えられる。しかしこれを日本に当てはめると、年金は職域分立の度合いが高く、しかし公務員が少ないためにその年金の対GDP比は低い、というように性格づけが混乱する。
- 自由主義的かどうかは、公的扶助の比重と、私的な保健医療や年金の比重で見ている。公的扶助が普遍主義よりも選別主義的性格が強ければ自由主義的、私的保険の割合が高ければ自由主義的等。
これも日本にきれいに当てはめることができない。日本は公的扶助の比重が低く、私的保険は企業の退職金も含めるとかなり大きい。
- 社会民主主義的かどうかは「普遍主義」の度合いで測る。様々な給付が所得制限なしに行われているか、年金制度が一元的になっているかどうか、で見ている。
この三類型できれいに分類できない典型が日本とスイスであり、基準の種類によって位置づけが全く違ってしまう。しかし青木氏の国家の類型論に比べれば明らかなように、エスピン-アンデルセンの三類型論では明確な理念型が立てられ、操作可能な分類基準が立てられているので、国際的に評価され、これを土台に様々な比較研究が進んできた。
<記録:土田とも子>
|