セミナーの記録と日程

全所的プロジェクト研究

第10回プロジェクト・セミナー

2000年1月24日 ◆於:社研大会議室◆司会:橘川 武郎

報告:大沢 真理
 社会政策の比較ジェンダー分析

第10回プロジェクトセミナーでは大沢氏から報告がなされた。

【大沢 真理】  社会政策の比較ジェンダー分析   →【討論】

はじめに—比較制度分析と福祉国家類型論の符合—

比較社会政策研究の進展

  1. 「総支出」アプローチ(H.Wilensky)

     比較研究として第一世代のもので、社会的支出の対GNP比や一人当たり社会保障給付費の大小で60カ国ほどの国を直線的に序列付けている。暗黙のうちに大きい方がより進んだ福祉国家であるという前提がある。
     社研のかつての共同研究成果『福祉国家』では、全体として日本は欧米に比べ低位で遅れているという認識がベースになっていて、暗黙のうちに総支出アプローチが前提にされた。
     そのあとの共同研究『現代日本社会』では成長と福祉の関係について、成長があれば福祉も進む、あるいは成長が福祉を代替する、という順接的関係と、福祉は資本蓄積の制約条件であるという逆説的関係がのべられている。日本は福祉は低位で遅れているという前提が暗黙のうちにあり、福祉は資本蓄積—成長の制約条件であるので日本のような位置の国にとってそれは当たり前である、という前提が読みとれる。
     福祉国家は支出・給付の大小だけでなく中身の質が問題であり、それによって資本蓄積に制約的であるか促進的であるかという違いを見なければならないのに、それを一本調子に捉えていたといえる。

  2. 「生産手段」アプロ−チ

     福祉を生産する際のインプットに着目する総支出アプロ−チを批判し、大小でなく質が問題であるとして、福祉生産の中で「生産手段」の特徴に着目したのが「生産手段」アプローチであり、エスピン−アンデルセンの福祉国家類型論である。生産手段の特徴とは、社会保険制度が分立しているか一元的か、所得制限が付いているか否か、給付の所得代替率はどの程度か、などである。
     しかし制度としての給付の所得代替率の高低だけでは、それが世帯・家計に帰着したとき当該の家計の中でどのくらいの比重をしめるのかという、帰着率は給付の額とは別問題である。また生産手段の特徴を明らかにしても、アウトプット(帰着)を明らかにしたわけでもなく、その結果貧困者比率がどのくらい減少したか、貧困ギャップ(貧困の深さ)がどのくらい緩和されたか、等のアウトカムもわかるわけではない。エスピン−アンデルセンの福祉国家類型論は、給付の条件が寛大で普遍主義的であれば良い福祉国家である、という前提が暗黙のうちになされており、北欧を理想として念頭に置くモデルと思われる。

  3. 「成果」重視アプローチ

     ルクセンブルグ所得研究プロジェクト(LIS)はOECD諸国から16カ国が参加し、80年、85年の二つの時期について約60種類のデータを、比較可能な共通に基準に沿って集めたデータベースを作成した。ただし日本のデータはこれに組み込まれていない。
     デボラ・ミッチェルはこのプロジェクトのデータを使って、所得移転政策の成果、有効性、効率性などを測定した。それによって、イギリス、オーストラリアはアメリカ、カナダと、特に成果の点で明確に異なることを発見し、イギリスとオーストラリアは三類型に入らない第4の類型なのではないか、と述べている。
     しかし、サービス給付など所得移転以外の福祉政策をさしあたり無視すると、政策成果では近いイギリスとオーストラリアは、政策の効率性では、オーストラリアはどれも1位、イギリスは10カ国中8位や10位などで、大きく異なる。オーストラリアは給付は全部ミーンズテスト付きなので効率性が高いのに対し、イギリスでは所得制限のない普遍的な児童給付があり、貧困でない層にかなり大きな所得移転が行われている。ミッチェルはこのことを無視してイギリスとオーストラリアを同グループに括っている。

  4. 『福祉国家比較のジェンダー化』(セインズベリ編の論文集)

     エスピン−アンデルセンへの批判・修正から出発している。彼の福祉国家類型論では、各体制の定義ではジェンダーが重視されているが、分類基準ではこれが無視されている。体制を定義するときは市場・国家・家族の三つで考えているが、分類基準では市場と国家の関係だけに平面化されている。
     セインズベリ編のうちの第6章アラン・シーロフ論文では、ジェンダーという座標軸を入れることでエスピン−アンデルセンを修正している。女性の就業が当該の国でどのくらい促進されているかを、雇用のジェンダー指数(女性の就業機会、管理職の比率などから割り出す)として指標化し、これを家族福祉志向(家族政策の総支出、保育サービスや出産・育児給付の充実ぶりによって測る)の高低と組み合わせることによって各国を分類する。エスピン−アンデルセンの分類では明確でなかった日本、スイスなどが、この分類では、ギリシャ、スペイン等と近いという結果を得た。
     すなわち、女性の就業促進度は高く家族福祉指向の低いイギリス・カナダ・アメリカ、両指数とも高い北欧諸国、雇用のジェンダー平等度は高くないが家族福祉志向が高いフランス・ドイツ・オランダ・ベルギー等、それに対し、女性の就業促進度が低く家族福祉志向も低いのが日本・スイス・ギリシャ・スペインなどである。この4番目の類型を特徴によってまとめることは難しいが、アラン・シーロフは、女性への参政権付与が遅れた国々、としてまとめている。
     ジェンダーという座標軸を入れるとそれまではっきりしなかったものが明確になるという意味で、福祉国家体制や政治経済システムの比較研究をする場合には、ジェンダーという軸は不可欠である。  しかしこの論文に限っていうと、総支出アプローチや生産手段アプローチの限界を共有している。つまりいくつかの政策の支出額や生産手段の特徴を成果と同一視している。シーロフは家族政策だけ取り上げているので年金や医療保険制度のジェンダーバイアスが問われていない。  以上のような福祉国家比較の研究動向は日本にも影響を与えており、武川正吾の類型論はそうしたジェンダー化の一種である。

市場と制度(国家)の政治経済学

<記録:土田とも子>