失われた10年?90年代日本をとらえなおす


  テーマと進め方 代表者: 橘川武郎
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2000年度から本格的にスタートした東京大学社会科学研究所の新しい全所的プロジェクト研究のテーマは、「1990年代の日本社会」である。1990年代の日本は、経済の停滞と政治の迷走とによって特徴づけられる低迷の時代を経験した。そして、より重要なことは、この10年間に、日本にはそもそも必要な諸改革を成し遂げる力がないという判断が広がったこと である。そのような観点に立つと、日本の1990年代は、「低迷の十年」であっただけでなく、 改革の機会を逸した「喪失の十年」だったということになる。
今や通説とも言える上記のような見解は、はたして正確なものだろうか。
東京大学社会科学研究所の次期全所的プロジェクト研究は、このような疑問から出発する。 そして、何よりも、1990年代の日本で実際には何が起き、何が起きなかったかを実証的に 検討することに、力を注ぐ。
その際、重点的に光を当てる問題は、国際的枠組み、金融、労働、政府の役割、社会政策 などである。東京大学社会科学研究所の新しい全所的プロジェクト研究では、1990年代の 日本における経済制度、企業、政府の動向を直接的に検討するだけでなく、これらと深く 関連する諸テーマにも取り組む。
アメリカや中国の動向、国際的構造調整のあり方、アジア・ラテンアメリカ・旧社会主義 諸国の自由化への対応、ヨーロッパにおける地域統合、日本国内における人的資源管理や社会政策の変化、などがそれである。
「1990年代の日本社会」を基本テーマとする全所的プロジェクト研究を進めるに当たって、東京大学社会科学研究所は、㈰プロセスの公開㈪国際共同研究の推進㈫分化と統合の同時追求、という三つの原則を掲げている。
このうち、㈰については、のちほど、具体的な形で説明する。
㈪に関しては、現在、南北アメリカ、東西ヨーロッパ、東南および東アジア、オセアニアの研究者諸氏と、具体的な研究分担について協議を進めている最中である。㈫については、以下で紹介する九つの連携プロジェクト(各プロジェクトのタイトルには仮題も含む)の取組みを先行させ、それらの研究成果をふまえて、総括的なメッセージを発する予定である。

参考資料参考資料(パワーポイント・プレゼンテーション資料) 



      

各連携プロジェクトの概要

日本企業と産業組織
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 国際的枠組み、企業金融、人的資源管理、政府・企業間関係、社会制度としての企業、の5点を検討対象の柱とするこのプロジェクト研究には、四つの特徴がある。第1は、1990年代の日本において、企業をめぐって何が起き、何が起きなかったかを、実証的に明らかにすることである。第2は、肯定的なものと否定的なものの双方を含めて、 日本の企業に関する様々な説明原理を、一貫した論理で相対化することである。第3は、直接的には1990年代を論じるものであるが、その際、時系列的な文脈を重視し、1970年代及び1980年代とのつながりの中で、1990年代の位置を確定することである。第4は、直接的には日本の企業を対象とするものではあるが、他の連携プロジェクト研究の成果も取り込みながら、国際比較、国際関係の視角を導入することである。

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先進国の中の日本政治変化

 このプロジェクトの目的は、従来否定的に捉えられていた1990年代の日本における政治変化の実体を明らかにすることにある。具体的には、政党制の変動を精査し、それが統治過程の変容、更には政策の方向性にどのような影響を与えたかを、先進国比較を念頭に置きながら分析する。このプロジェクトでは、内外約30名の新進気鋭の研究者を集めた国際共同研究を遂行し、日本の1990年代を「喪失の十年」と把握する通説的理解を再検討する。更に、そのことを通して、日本政治に関する通説的理解の暗黙の前提となっている従来の日本政治論の妥当性を検討する。なお、このプロジェクトは、全所的研究プロジェクトの政治の部分を担当するだけでなく、日本の外交を取り扱う国際関係プロジェクトの前提ともなる。  

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      国際秩序の変容と日本
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 このプロジェクトでは、経済国際化と冷戦以降の国際体系が、アメリ カの政策 変化に基づく 日米関係の変動と、日本国内の長期不況や政党対立軸の流動化 とを媒介にして日本の外交を どのように変化させた かを検討する。更に、そのよ うな日本の国際的対応の変化が、アジア太平洋地域秩序や国際秩序の形成 ・ 変容にどのような影響を与かも分析する。 内外約20名からなるこの国際共同研究では、「反応国家」、「経済ナショナリズム」という日本外交に関する通説的理解の妥当性を再検討するだけでなく、日本 の現状分析が国際政治理論にどのような貢献をなし得るかも探究してゆ く。なお、このプロジェクトは、 19 90年代の国内変動の説明要因ととしての「外圧」 にも焦点を当てる 国内政治プロジェクト(B)と相互補完的であるだけでなく、更に、1990年代の日本を分析する各プロジェクト(A,B,D,E,F)と他地域の変化 を説明する諸プロジェクト(G,H,I)との橋渡しになることをめざす。

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日本経済と産業組織
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 90年代の日本経済の低迷は2000年以降も続き「失われた10年」が「失われた20年」になろうとしている。この低迷には多くの原因があるとしても、その最大のものが「金融の機能不全」と「公共部門の非効率性」にあることは、疑いもない事実である。
この二つの問題に関し、90年代以降のみでなく、日本経済・日本的経営・日本の諸制度が賞賛されていた90年代以前をも視野に入れながら、その原因を探り、なぜ90年代に日本経済が機能不全に陥ったのかを明らかにし、更には2000年代を「失われた20年」にしないための処方箋を探るのが本研究班の目的である。

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90年代日本の思想変容
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 本プロジェクトは、1990年代の日本社会について、思想や言説という側面から分析を試みる。
90年代の日本において、冷戦終了をはじめとする内外の変化の結果、それまで維持されてきた「戦後」の制度的・精神的枠組み自体が動揺することとなっ た。特に、日本の戦後社会科学が当初課題としたのが、戦争の惨禍を引き起こした日本ファシズムの分析と同時に、新たなる公共性の原理、具体的には主体的 個人から成る市民社会の探究であったとすれば、それは長い戦後の間に大きく変容し、90年代に根本的な再検討を受けることとなった。
本研究では、戦後日本の社会科学と公共性をめぐる議論の再検討を基にして、90年代の思想と言説の変化とその意味を探っていきたい。21世紀の新たな展望を切り開くための、現時点での議論の状況を反省的に総括するのが目的である。

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大企業ホワイトカラーの人事管理と業務管理
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 このプロジェクトの目的は、大企業ホワイトカラーの人事管理の実態を業務管理との関連において明らかにし、その論理と問題点を探ることにある。具体的には、以下の課題に取り組む。第1に、原価管理、業績管理などの業務管理の制度につい て解明する。第2に、報酬管理、労働時間管理、教育訓練などの人事管理の制度を明らかにする。第3に、特定の事業部門における業務内容、個々人の職務内容、キャリアを明確にするとともに、各人の仕事ぶりをいかに管理しているかを明らか にする。つまり、業務管理、人事管理の運用実態を探る。第4に、ホワイトカラーの人事管理と業務管理が相互にどのような関係にあるかを論じる。このプロジェクトでは、これら四つの課題に取り組むことを通じて、ホワイトカラーの人事管理の論理と問題点を解明する。

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グローバライゼーションと福祉国家
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 近年の比較社会政策研究では、福祉国家類型論に代表される政治的要因重視アプローチが展開された。しかし、日本を国際比較的に位置づける議論は、アカデミズムでもポリシーメーカーにおいても乏しかった。そのため1990年代は福祉国家の再 編にとっても、「失われた10年」となった。このプロジェクトは、諸外国の福祉国家再編の質と方向に照らして、日本の特徴を改めて浮き彫りにする。従来の比較社会政策研究の守備範囲を大きく拡充し、国家と市場および家族の役割分担に照らして、福祉国家を解明する。特に、政策が暗黙のうちにも前提し依拠する世帯や職場でのジェンダー関係を分析の軸に加えてこそ、日本福祉国家の特徴を解明できるであろう。

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福祉国家と住宅
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「住宅」ないし「居住」は社会成員の生活の質が問われるもっとも基礎的な問題領域の一つであるが、90年代 に入って、この領域ではさまざまな問題が顕在化してきた。たとえば、少子・高齢化の進行は人口動態の面か ら住宅・居住問題に長期的に見て大きな影響を与えつつあり、また、90年代以降の長期不況は、一方でホーム レスとよばれる人びとの急増をもたらすと同時に、住宅ローン破綻の増加などの形でメインストリームの中間 層の住宅取得にも深刻な打撃を与えている。さらに、企業のリストラに伴う企業内住宅保障システムの揺らぎ や、グローバリゼーションの進行に伴う外国人居住の問題も無視できない重要な問題である。
本研究は、このような90年代以降の日本の住宅をめぐる諸問題とそこにあらわれる住宅保障システムの揺らぎ を学際的・実証的に検証し、それを通じて、90年代日本社会の重要な側面を明らかにするとともに、今後の日 本の住宅保障システム再構築の方向性について一定の展望を得ることを目的としている。

 

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教育と若年労働市場
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 本研究では、1990年代に労働市場に参入していった若年層を焦点に当て、それ以前の1980年代に卒業した世代と2000年以後に卒業し就職する世代を比較のレファレンスとしながら、若年の雇用・失業問題を学校での進路決定をめぐる彼らの意識と行動に関連させて考察する。具体的には、1980年代以降に学校を修了し労働市場に参入した若年層を対象とした大規模な調査を実施して実態を把握する。学校在学中に経験した職業教育、進路指導の内容とその評価、仕事に就く以前の就職意識やフリーターについての考え方、在学中の成績・アルバイト経験などの学校生活全般にわたる経験に関する項目に加え、学校を卒業した後の職歴を正規・非正規就業・失業・無業の区別を考慮しながら明らかにしていく。特に1990年代に学校を卒業あるいは退学し労働市場にはいっていった若年層が、それ以前の世代に比べ、在学中の経験の活用や入社後の訓練や技能形成に関して不利な立場にないのかについて詳しく検討する。調査対象者の回顧情報により過去の経験を再現するとともに、対象者を将来にわたって継続して追跡するパネル調査を実施する。このパネル調査によってはじめて、1990年代の変化が若年者にあたえる長期的な影響を明らかにすることができる。さらに、同調査によってキャリアにおける技能形成に与える影響だけでなく、「パラサイトシングル」の問題として話題になっている、出生家族からの自立と新たな家族形成への影響についても検証することができる。
 すでに海外では、学校から職場への移行とその後の若年者雇用・失業についてのパネル調査データを用いた実証的な研究が蓄積されている。これらの研究成果を踏まえて、日本でのパネル調査を設計・実施し、日本での分析結果を他国と比較することによって、我が国における若年労働市場の特殊性と産業諸国が共通に直面する問題性を明らかにすることができる。そのためにも、国際的に比較可能なパネルデータを蓄積することの意味は極めて大きく、今後異なる専門領域からの研究者が多角的に再分析できるような精度の高い調査を実施し、調査データを公開していく予定にしている。

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自由化と危機の国際比較
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 1980年代の債務累積危機を前提にラテンアメリカから始まった経済の自由化の動きは、1990年代前半にはロシア・東欧やアジア諸国に波及した。一方、これらの地域では、自由化、市場経済化、民営化が進むなかで、金融市場・企業経営の再編成、労使関係の再編、地域統合の進展など大きな構造変化を経験し、同時に政治と社会の不安定化にも直面している。このプロジェクトは、経済自由化の背景、IMF・世界銀行の方針と役割、経済自由化と経済危機の関係、危機に対する経済社会再構築のプログラムの実態を、各地域の固有性に注目しながら整理し、同時に地域ごとの相互比較を行うことを狙いとする。その場合、主として取り上げるテーマは次の3点である。
 (1)各地域の貿易、資本取引、直接投資の自由化のプロセスと国際機関の役割
 (2)各地域の金融制度改革と企業ガバナンスの実態とその変化
 (3)危機や民営化に対抗する社会政策の実施(社会保障、労働)


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開発と市場移行のマネージメント

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 経済のグローバル化が急速に進行する中で、工業化を進めてきた発展途上国や旧社会主義国は、開発・市場移行戦略の見直しを迫られている。多くの発展途上国が進めてきた国家主導の開発戦略がその説得力を失う一方で、IMFが主導する新自由 主義の経済理論に立脚する開発・市場移行戦略は必ずしも有効とは限らない。 1990年代以降に各国が直面している困難に対して、どのような開発・市場移行の処方箋を描くことができるかが問われている。このプロジェクトは、東・東南アジアおよびラテンアメリカの主要な開発途上国および旧ソ連・東欧の移行経済諸国を取り上げ、自由化、民営化、社会保障改革などの政策分野について横断的な比較研究を実施することで、これらの国が直面する開発・市場移行戦略の課題を明らかにし、課題克服のための道を探ることを目指す。対象各国やアメリカなどの研究者を含めた国際共同研究を実施する。




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中国の移行経済体制
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 1990年代に入って中国の経済改革は、自らを「社会主義市場経済」と定義することにより、その方向性を一層明確にした。1980年代以降進められてきた「改革・開放」政策は、国内経済体制の改革については市場経済への移行、対外開放についてはWTO加盟に象徴される国際市場への参入という、新しい段階に進んだ。このプロジェクトは、1990年代における中国の改革の過程を、経済・法律の側面を中心に、東京大学社会科学研究所および中国社会科学院のメンバーを中心とする共同研究によって分析しようとするものである。研究対象を中国に限定しているが、研究課題である「移行経済体制」の分析は中国に限られるテーマではないし、21世紀の世界経済を展望する際には、不可欠の要素でもある。

 
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