セミナーの記録と日程

全所的プロジェクト研究

第4回プロジェクト・セミナー

1999年7月6日 ◆於:社研大会議室 

労働をめぐる混迷  報告:中村 圭介

国内変容と地域秩序の国際的要因  報告:樋渡 展洋

第4回プロジェクト・セミナーでは前回に引き続き、グローバリゼーションの引き起こす問題という視点から、二つの報告が行われた。中村圭介氏からはグローバリゼーションが日本における雇用問題に及ぼしている影響、樋渡展洋氏からは金融のグローバリゼーションがもたらす国内変容の比較と地域秩序問題点が報告された。

【樋渡 展洋】  国内変容と地域秩序の国際的要因→【討論】

I.問題関心

II.問題点の検討

III.具体的なリサーチプロポーザル

その1. "International Sources of Variations in the Adoptions of Disinflational Policies and Financial Liberalization among G7 Countries"

(イ) 事実面でのパズル
a. なぜ先進諸国政府の中には、短期的には敢えて金利に伴う不況の悪化と失業率の上昇にもかかわらず、disinflationry policyを実施し、国際的資本移動へのexposureを進める為替規制の撤廃と金融市場改革を実施するのか?
b. また、ある国でのdisinflational policyや為替規制の撤廃、金融市場改革の実施による「国際化」は他国にどのような影響を与えるのか? 特に重要なのはアメリカがこのような政策をとったことが他国にどのような影響をあたえているか?
(ロ) 理論面でのパズル(既存の理論の難点)
a. 政府のマクロ経済政策の自律性と政府による社会的利害の動員の側面が捕らえられていない。
b. 一国の政策の他国への影響が捕らえられていない。
(ハ) 仮説
a. 金融の国際化の顕著な影響として、一国が一方的に(特にケインジアン的)景気刺激策が取りにくくなった。特に、インフレを吸収する特別な国内制度--全国的賃金抑制機構と金融財政当局の政党圧力からの自律性--が無い国の場合顕著である。現に、先進国のデーターで見る限り、ここ四半期の最も顕著な特徴はインフレ率の低水準での収斂である。反面、失業率など他のマクロ指標ではインフレ率のような顕著な趨勢は見られない(表参照:)。
〔ホームページでは表は省略した〕
b. 金融の国際化の進展に伴い、通常のインフレ傾向が強い国では、不況の際、一方的に国内刺激策を取ろうとすると、インフレ圧力のため、輸入増大による貿易赤字の悪化、資本流出と通貨への切り下げ圧力が引き起こされ、これに対し、国際金融資本が当該政府のdisinflation policy実施の可能性に疑問を持つ場合、通貨投機と通貨防衛のための外貨準備の減少がもたらされ、通貨危機とインフレと通貨投機の悪循環の制度化の危険にさらされる。このような、通貨危機に見舞われた場合、各国政府は社会的利害とは自律的にdisinflation policyを実施し、更にそうした政策を定着させるための、財税制、福祉、金融改革に着手する。注意すべきは、短期的には失業率の上昇、通貨価値の上昇に伴う輸出産業への打撃にもかかわらず、政府がこのようなneoliberal reformsを導入することである。
c. このような、disinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入の際しては、それを国内の支持を動員して内発的に実施する場合と、内発的動員に失敗して外敵規制力に依存して実施する場合がある。前者の例としてイギリス、アメリカ、カナダの場合が考えられ、こうした国は早い段階でdisinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入を保守政権によりおこない、そうした政策が保守政権の基盤を強化する。これに対して、後者の場合は、イタリアやフランスで、この場合、インフレを吸収し得るドイツに通貨価値をペッグし事実上金融政策をドイツに委任することで国内のインフレ抑制のためのdisinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入を行おうとする。この場合は、政権の交代や政権の構成の変化に関わらず、政策が維持される。
d. 最後に、インフレ吸収の国内制度−全国的賃金抑制機構と金融財政当局の政党圧力からの自律性−が存在したドイツと日本では、政策変更をした国の政策コストを外在化しようとする圧力にさらされる。こうした外在化の努力は、そうしたインフレ吸収国との通貨価値をペッグを採択した国々では、インフレ吸収国の緩和的金融政策の要請(ドイツに対するフランス、イタリアの要請)、インフレ吸収国との通貨価値の変動を採択した国々では、相手国の通貨価値の上昇と国内景気刺激策の要求としてあらわれる。特に、後者の中でもアメリカは、ドイツ、日本に対して、通貨価値の協調的再編と国内刺激策の採択に成功した。このような、アメリカの圧力は、逆にドイツや日本のインフレ吸収的制度——全国的賃金抑制機構と金融財政当局の政党圧力からの自律性——を強化させることなり、ドイツと日本とその他のG7諸国の国内制度の差異を強化、再生産した。
e. このように、金融国際化への対応で、G7諸国のなかでも、disinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入に伴う国内制度の改革に関して、ドイツ、日本とその他のG7諸国の間に大きな差があっただけで無く、同じように、disinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入を行った国々の間でも、それを内発的に行ったアメリカ、イギリス、カナダと外的規制に依存したフランス、イタリアでは、改革実施の際の政治主体のあり方におおきなちがいがあった。

 以上のように、金融の国際化に焦点を当て、それへの対応の違いをみることによって、各国のdisinflation policyの実施とneoliberal reformsの導入の差異とその際の政治的動員の差異が説明でき、単純な収斂理論を超えたG7の政治変動の理解が可能となる。

その2."Explaining Regional Economic Arrangement: Weak Country Initiatives, Third Country Factor, and the Impact of US Policy"

(イ) 事実面でのパズル:経済国際化の進展に伴う顕著な傾向としての地域経済協定
a. なぜ「大国」ではなく相対的に「弱小国」が経済状態が悪化しているときに地域経済協定を提案し、なぜ「大国」が妥協するのか?(EMUでの仏、伊、NAFTAでのカナダ、メキシコ)
b. なぜ二国間協定や国際組織(WTO、IMF)と平行して地域経済協定が追求されるのか?
(ロ) 理論面でのパズル(既存理論の難点)
a. 経済理論はそのような場合地域協定(関税同盟、通貨圏)が厚生的かの規範的分析では実際に既存の地域統合の形態が説明できない。
b. 既存の理論は、なぜ80年代後半に同時に一斉に地域経済協定が輩出したのか説明する枠組みはない。
c. 既存の理論は、強い地域経済協定と弱い地域経済協定ができる理由として、経済以外の要因、アジア的価値や安全保障上の配慮、歴史的展開に求めている。
(ハ) 仮説
a. 上記と同じように、金融の国際化の進展に伴い、インフレ傾向が強い国では、不況の際、一方的に国内刺激策を取ろうとすると、インフレ圧力のため、輸入増大による貿易赤字の悪化、資本流出と通貨への切り下げ圧力が引き起こされ、これに対し、国際金融資本が当該政府のdisinflation policy実施の可能性に疑問を持つ場合、通貨投機と通貨防衛のための外貨準備の減少がもたらされ、通貨危機とインフレと通貨投機の悪循環の制度化の危険にさらされる。このような、通貨危機に見舞われた場合、各国政府は国内的にはdisinflation policyを実施し、更にそうした政策を定着させるための、財税制、福祉、金融改革に着手するが、注意すべきは、国際的には、通貨の安定と貿易の拡大による景気回復を指向する。即ち、従来の一方的ケインジアン政策による景気回復から、貿易と投資の拡大による景気回復を指向する。
b. この際、80年代アメリカの対外経済政策——一方的制裁を背景とした二国協議による市場開放要求と貿易黒字国に対する通貨調整要求−への対応で、アメリカの政策がその国の通貨安定による貿易と投資の拡大による景気回復に觝触する恐れがある場合、そうした国は地域経済協定を指向する。それが、NAFTAに至るカナダとメキシコ、EMUにいたるフランス、イタリア、それとAPECでのオーストラリアである。
c. こうした、提案が、相互に譲歩を含む拘束力のある協定となる場合、強い協定となるが、そうで無い場合、弱い協定になる。つまり、NAFTAに場合、アメリカの一方的制裁の発動による貿易への悪影響を回避するため、カナダとメキシコはアメリカに自由貿易を受け入れさせる変わり、アメリカからの投資に対して大幅な譲歩をして、拘束力のある強い協定を締結した。同様、アメリカの通貨協調要求による域内の為替撹乱をおそれたドイツ、フランス、イタリアは、域内通貨調整の対称性とドイツの金融政策に対する発言権の拡大というフランス、イタリアの要求にドイツが譲歩する形で、拘束力のある強い協定を締結した。これに対して、APECは、第一にアメリカが貿易赤字問題を日本や台湾、韓国との二国間協議で処理できたこと。第二に、貿易自由化を望むオーストラリアやアメリカに対して、日本や台湾の関心は累積黒字の環流の方法としての投資・技術協力にあったこと。最後に、東南アジア諸国が開発政策を国内発展から貿易・投資主導の発展にかえたことで、ドルとの通貨ペッグを前提に、貿易の自由化要請と日本からの投資協力の双方を必要とし、そのことがAPECの制度化に貢献した。しかし、このように、種々の思惑があったため、APECは拘束力の弱い地域協力の形態をとった。

 以上の「その1」、「その2」の研究プロポーザルは、日本分析の意義に関しては、その1では、先進国の中で、日本の金融制度改革の遅れと日本の労使関係の粘着製を説明することで、日本の「コーポレイト・ガバナンス」を相対化する枠組みを提供する。また、その2では、アメリカとの関係で、日本の国内経済政策がその対外経済政策に土肥鵜影響し、それが、アジアの経済秩序の政治的形成にどのような影響を与えたかを見る分析枠組みを提供することで、日本の「コーポレイト・ガバナンス」のアジア大平洋での影響を理解する一助になると思われる。

<樋渡展洋>