【大瀧 雅之】 過剰債務問題とバランスシート調整
I
本報告は、青木昌彦・パトリックのメインバンク論に対する理論的な反論を目的とする。
配布したペーパーをもとにした報告であり、これブラッシュアップしてプロジェクトの成果の一部に組み込む予定でもある。
青木・パトリックのメインバンク論は、
- 日本の銀行は他の国に比べて企業をモニタリングする能力が高い。
- 知られていないが潜在的に優良な企業を見いだして融資し、育て、利益を上げてきた。
- これが日本の経済成長の大きな原動力の一つである。
という理論である。
本報告ではこれに反論しかつオルタナティブを提示する。
青木・パトリックの議論は、高学歴のエリートが日本の経済成長を引っ張ったといういわばエリート史観である。
- しかし日本の経済成長は、不特定多数の人々が勤勉に働いたことによる面が大きい。なぜ日本経済に人々が勤勉に働くようなメカニズムがビルトインされていたのかということの方が重要である。
・経済成長は大きく深いメカニズムによって起きるものである。
- デット・オーヴァーハング・プロブレム(過剰債務問題)
過去の債務を度外視して将来を見通すならその企業はつぶさない方がよいが、過去の債務が大きいために将来利益が上がっても払いきれない→だから融資できない→その企業がつぶれても仕方がない、というのがデット・オーヴァーハング・プロブレムであり、バブル崩壊後の大きな問題である。
- なぜ D.O.P.がおきるか。
青木・パトリックの言う、「銀行のモニタリング能力」がないからこそこれが起きる、と私は考える。
デット・オーヴァーハング・プロブレムをめぐって、通産省を中心に、バランスシート調整という政策が打ち出されているが、それは間違った政策である。
日本の銀行にモニタリング能力がなくて起こるのであるから、今こそモニタリング能力を育てることが肝要である。
既存の負債額は新規投資の予想純収益によっても相殺できないが、新規投資の予想純収益はプラスである、という場合に銀行が融資しないのがデット・オーヴァーハング・プロブレムであるが、新規投資を認めて少しでも貸した資金を返してもらう方が合理的であると考えられるのに、なぜこれが起きるか。
- 企業家と金融機関に情報の非対称性が存在するとき、経営に失敗してもなお融資してくれるのであれば、企業家に怠業のモラルハザードが起きる。
- 銀行は企業家の行動をverifyできない。しかし過去の負債は水に流して新規に融資するということになると、企業家の経営規律が失われる。
- 経営の失敗が不可避なものか企業家の怠業によるものか判断できない銀行としては、企業家を規律づけるためには、失敗の理由は問わず、将来有望であっても、融資をせずに企業をつぶす、という行動をとることが、この場合合理的な行動となる。→デット・オーヴァーハング・プロブレムが起こる。
- この問題は青木・パトリックのメインバンク理論と真っ向から対立する。彼らの議論は銀行は経営内容がよくわかっていて企業を育てる、ということが前提になっている。
- デット・オーヴァーハング・プロブレムが存在することが、銀行がモニタリングの能力を持たない決定的な証拠である。
質問者A
経営者を銀行が規律づけることと、企業をマーケットが規律づけることは、この理論モデルでは同じことになるか。
大瀧
そうである。企業家の経営技術は一般的なものでなくスペシフィックなもので、首のすげ替えでは済まない、経営者が首=その企業がつぶれる、という仮定になっている。
質問者G
追加融資をするかどうかについての「債権者—銀行の合理的判断」というのは、債権者の企業に対する関係、審査能力があるかないかによって、その内容が違う、ということか。
大瀧
そうである。銀行が、企業にたいして審査能力がある場合は、新規投資が認められる。理論的にはモラルハザードは起きないからである。経営の失敗が怠業によるものか、不可避なものか判断できない場合は、新規融資を認めると経営規律がゆるむおそれがあるので、失敗がどういう理由にせよ、規律付けのために追加融資をしないという罰を与える、ということになる。
質問者B
銀行も企業もverifyできると思ってやっているが本当はそうでない、という場合も大瀧氏の議論には含まれているか。
大瀧
含まれる。
質問者G
銀行の企業モニタリング能力がないということがわかったのは、日本経済がこれだけ低迷し、いろいろなほころびが露呈したからか。
大瀧
そうだと思う。
質問者H
通産省はその場合、以下のように言うのではないか。これだけダメになったのは、不可避的な原因による。皆が読みを間違った。しかし銀行は経営者の怠業によると思っているのか、将来有望な企業でも新規に融資しない。だからデット・オーヴァーハング・プロブレムがおきる、と。それにはどう反論するのか。
大瀧
マクロな要因、たとえば日銀が金利をゆるめすぎた、というようなことはたしかにあった。しかし企業の経営失敗がそういったマクロな要因である、と銀行が確実に判断できるなら銀行は貸すはずでありデット・オーヴァーハング・プロブレムは起こらない。
verifyできない、というのは銀行の構造的問題である。判断できるためには産業の内部・技術の現場に対する興味と深い知識が必要である。銀行の人々にはそれが欠けている。これに対して商社は基本的に現場主義である。
質問者H
それではたとえばアメリカの投資会社は判断でき、適正な投資が出来るのか。それに比べれば日本の銀行の方が長く取引を続けているだけにより多くの判断材料を持っているのではないか。
大瀧
そうは思えない。
司会
議論が核心に入ってきているので、報告を最後まで聞いてから再び討論に入ってほしい。
<記録:土田とも子>
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