【コメンテーター】 1990年代の日本の政治・経済・企業 →【討論】
橋本寿朗氏、樋渡由美氏、徳井丞治氏によるコメント
司会
橋本寿朗氏、徳井丞治氏、樋渡由美氏の3人の方からコメントをお願いしたい。
橋本
私の現在のいくつかの関心のうち、政策金融はどのような役割を果たしてきたか、と、情報革命・IT革命はどういう性質ものでそのインパクトはどこにどういう形で現れたか、という2つの問題が今回のプロジェクトには関係しているようだ。しかし今日の3人の報告を聞いていると、まだ企画案のレベルであって、これ自体にコメントはできにくい。
橘川氏と松村氏の報告に関連していくつかの要望と質問をのべる。
*橘川氏の話の中で、サービス産業が拡大し、経済全体に占めるウェイトが高くなり、従業人口比率も高くなっている、しかしサービス産業は比較劣位にある、という箇所があった。拡大している部門が比較劣位にあるというのは経済学的に非常に面白い問題である。こういう観点からも検討してほしいと思う。
*80年代と90年代を連続して考えたい、という意見には賛成である。その場合、大滝氏の、80年代から一貫して日本のシステムはだめだったのだ、という考えは納得できない。松村氏の説明でいうと、80年代はそれなりに良くワークしていたが、90年代に条件の変化でそれがダメになった、というのが現実に近いのではないか。
90年代になぜダメになったか、内的な条件変化か、外部からのショックか。その中身はなにか。こういう問題がある。80年代のパフォーマンスと90年代のパフォーマンスを一貫して適切に説明するという成果が出ると、このプロジェクトとしては成功なのではないか。
*しかし80年代を一括してしまうことには問題がある。80年代後半にバブル・エコノミーがなぜ展開したか、それはどういう影響を与えたかは重要である。90年代前半のキャピタル・ロスは、1929年〜32年にアメリカで起こったそれよりも、対GDP比でおそらく大きい。にもかかわらず97年まで実質的に成長が続いたのはなぜか。バブル・エコノミーの展開〜崩壊のプロセス、メカニズム、それが与えた影響、等々を検討し、その上で理論的にどう分析できるのかに取り組んでほしい。
*政府と企業の関係のところは金融だけである、という発言があったが、製造業の国際的に競争力のある分野を除けば、現時点までは産業・企業への政府の介入は大きかった。運輸や、製造業でも厚生省管轄の分野など、特に参入規制が非常に厳しかった。政府と企業の関係は通産省ではないところでたくさんある。拡大しているといわれるサービス産業でも政府・企業間関係は広範にある。ここは金融に限定せずにやってほしい。
*プロジェクト全体としては膨大な計画と組織で、しかも凝集力はいまひとつに見える。
全体を統一的にまとめていくことは考えずにそれぞれある程度の自立性を持って進んでいくことでよいのではないか。コアという規定もなくてよいかもしれない。しかし研究所全体のプロジェクトである限り、最後まで全員がきっちり責任を持って遂行することが必要である。運営の面で大いに工夫を望みたい。
司会
前回の共同研究運営委員長である橋本氏には内容と運営の両面にわたってコメントしていただいた。次は樋渡由美氏にコメントをお願いしたい。
樋渡由美
私もメンバーの一人である『「国際化」・「冷戦」以降ーー国際秩序の変容と日本』プロジェクトの意義と問題点をあげて、以下コメントする。
プロジェクトの意義
1.「国際化」と「冷戦後」と「国内政治要因」の3つがこのプロジェクトの重要な論点になっているが、これは過去10年〜15年の間、アメリカ国際政治学における主要な関心事であった。すでに主要な学術雑誌に特集が組まれたり論争が行われたり、かなり論じられている。
ヨーロッパの安全保障については、冷戦終焉後になぜNATOが存続したか等についていろいろな論文が出ている。アジアの安全保障に関してはChristensen, Samuels などの論文が出ているし、合理的選択論の領域でも、冷戦終結後の国際政治の理論分析に貢献するような仕事がいろいろな形で出されている。
冷戦後の国際的な政治・経済状況に国内政治的な要因を入れた分析は、現在一段落すると同時に、新しく問題になりつつある。日本における国際関係の研究は、アメリカの国際政治学の理論的発展に触発されて研究の蓄積が進みつつある状況であるが、日本を中心とした国際関係の分析に必ずしも生かされているとはいえない。このプロジェクトが企図しているように、アメリカの国際政治学の蓄積を共有した上で日本の問題に適用して、アジアの国際関係も視野に入れて分析し、とくに90年代に生じたいろいろな変化を包括的に、理論的に分析することが実現できれば、非常に意義あるものとなるだろう。
研究項目をみると、共同研究であるからこそ出来る、多くの側面を扱う計画になっている。国際政治・経済学の分野で仕事をしてきた人々が項目の3,4あたりに入っていて、アジア・太平洋地域における多国間秩序形成に関する研究の構想が出ている。円の国際化や、WTOなど多国間レジームに示されたような国際経済問題にかなり関心が集中しているようである。これまで日米など二国間関係の視点からなされた研究が、多国間関係の視点から新たな光を当てられ、理論的にも実証的にも明確になれば、日本を中心とした国際関係の研究に新しいものを付け加え、国際関係論の発展に貢献することが可能になるだろう。
*上智大学の同僚猪口邦子氏にこのプロジェクトの企画書の感想を聞いてみた。概要以下である。
全体としては研究の焦点がはっきりし、研究目的が説得的であるのでよいとおもう。
ただ自分の研究関心に引きつけていうと、現在の世界は、飢餓、大量虐殺、環境破壊など、いわば「人間の安全保障」が脅かされている状況がある。何らかのグローバルガヴァナンスによる正義の実現と秩序回復の試みが求められている。
これからの国際関係がそういう方向に向かうとすると、日本はそれにどのような形で参加が出来るのか、という観点からの研究も含められるとよいと思う。それは日本の市民意識がどのように国際化していくかと深く関わる問題である。
NGOの活動などを中心として冷戦後の国際秩序に関連した「人間の安全保障」という問題を、日本の視点からどのように分析できるか、という問いである。
*安全保障関係の分析が、今のところ論文構想で出ているもので2本で、全体からみると非常に少ないことも問題点で、この点強化する必要がある。
日米同盟の研究
たとえば日米関係の分析の中で、同盟関係にもっと光を当てるという方策もある。日米の非対称な同盟については、既存の同盟研究の枠組みでは当てはまらないことも多い。日米同盟の研究をこのプロジェクトの中に位置づけて行うことによって新しいものを付け加える可能性がある。
- 日米二国間関係が多国間関係に移行しつつあると同時に、安全保障の面では二国間関係が強化されている。こういう問題をどう整合的に解くことが出来るか。
- アジアにおける同盟関係と、冷戦後にもかかわらずNATOが存続・強化されたこととの対比を通じて浮かび上がる問題。
たとえば上のような論点を検討することによって、日米同盟の分析を強化することが出来るだろう。
*アジアの地域的安全保障と日米関係と日本
ここを担当する研究分担者がまだ決まっていない。
これに関しては、Christensenによる日・米・中の研究などすでに蓄積があるので、それらを土台にやっていくことが可能である。彼の分析によれば、アメリカの存在が、たとえば日中関係の悪化を阻止する要因である、とされる。しかし米中関係が今後どうなるかという問題、それがアジアの安定・秩序にどういう影響を及ぼすか、という問題もある。日・米・中間の経済競争の激化がこの地域の秩序にどういう影響を及ぼすかという分析も必要であろう。
2.国際レジームの問題。ここでも安全保障を担当する人がいないのが問題である。旧ソ連・東欧の経済の安定に日本がどのような貢献できるか、という観点からの分析を入れることもあり得る。
3.安全保障の分析に国内の政治的要因をどのような形で取り入れていくかという問題。国際政治・経済の問題に国内要因がどう関係しているかという研究はある。安全保障の分析で国内要因をどう入れていくかは容易ではない。世論、イデオロギー、国内の諸勢力の連合、等々なにを国内要因として特定するかで、まだまだ議論の余地ある。国内政治プロジェクトのコメントを予定されていた山口二郎氏が、怪我のため急に欠席となったため、国内についても急遽コメントを依頼されたが、これについては以下のようなことにとどめたい。
90年代の国内の政治・経済の変容を、先進国比較の中で扱うことは大いに意味があると思う。特に国際化の国内的な影響を分析できれば、国際化プロジェクトの論点との関係も明らかになって、二つのプロジェクトが平行して行われることによって相互に非常にプラスになることが予想される。
司会
次に徳井丞治氏に、大滝・松村プロジェクトについてコメントをお願いしたい。
徳井
プロスペクタスだけによると大滝氏の捉え方が強く出ている印象だったが、松村氏の報告、特に80年代〜90年代の日本経済についての捉え方の4つの可能性という点を聞いて、非常に問題点が明らかになり、幅も広がって、そういう観点から取り組むことが重要ではないかと感じた。
全体的な考え方。大滝氏の考え方は、景気循環の局面によって日本的なシステムの見え方が違ってくる、というものである。しかしそれだけで説明しきれるかどうか疑問である。景気循環をベースにしているので、繰り返し起こることだ、とされていて、なにがファクターになって局面が転換するのかは今ひとつはっきりしていないのではないか。
個々の論点について。金融については二つ、マクロ的な問題としてデッドオーヴァーハングの問題があげられているが、これについてはまだまだ検討すべきことが残っている。ミクロ的な問題としては メインバンクシステム、系列融資 天下りに代表される官と民との癒着などが挙げられ、かつてはうまくいっているようにみられていたが今はうまくいっていない、といわれる。ここは「なぜ機能が変質したのか」と簡単にかかれているが、これらを実証的に検討していく場合、データ等でうまくいっていた仕組みがうまくいかなくなっていることは明らかにされているし、理論的にもうまく機能するメカニズムは議論され、他方うまくいかないメカニズムも理論的な議論はされているのだが、ある時期うまくいっていたのがうまくいかなくなるということを双方つなげてどう説明するかは、実証的にはかなり難しい。
機能が変質したというのは、機能自体が変わったのか、それとも環境が変化して外から見える機能が変わったように見えるのか、あるいはその両方か、という問題もある。
労働の部分は一番大滝氏の考え方がはっきり出ているところであり、日本の労使関係が保険の要素を含んだものであるというのは納得的な議論である。ただ80年代から90年代へということがターゲットとなっていると、そのなかでの日本の労働市場の問題がこれだけで説明できるわけではない。産業構造の変化、国際競争の環境の変化などにも広げた方がよい。
公共政策のところでは、年金の問題があげられているが、この計画の全体の枠組みの中にどう収まるのか若干疑問がある。
<記録:土田とも子>
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