セミナーの記録と日程

プロジェクト研究委員会

第8回プロジェクト・セミナー

1999年12月14日 ◆於:社研大会議室 ◆司会:大瀧 雅之

報告:吉川 洋
 転換期の日本経済

第8回プロジェクトセミナーでは吉川洋氏から報告がなされた。

【吉川 洋】  転換期の日本経済

討論要旨

質問

 ひとつは、バブルの後遺症がどのくらいのものであるかの評価ができないために現在経済政策を展開させることが難しい面がある。これについてどう考えられるか。

 もうひとつ、90年代のポストバブルのバブルというのもある。たとえば燃料店—ガソリンスタンドは、政府の規制緩和で一時期急速に成長した。多角化と大型化が可能になり、たくさんの店舗がそういう選択をした。しかし政府の燃料政策はもう一度転換し、今それらは大幅な不良債権を抱えている。小売業も同様で、大店法改正・規制緩和で経営を広げ、今うまくいっていない。

吉川

  ガソリンスタンドや小売業の投資に関しては、個別にはどういう時期にもどういう産業にもある誤った投資の一例として片づけられるものか、あるいはマクロ政策に関わるポストバブル期のバブルとして位置づけられるのか、まだよくわからない。バブルの後遺症のサイズがマクロ的に言ってどのくらいのものかというのは難しい問題である。

 金融セクターが多くの不良債権を抱え、BIS規制によって貸し渋りがおこった。それが97年から98年に中小企業の設備投資の不振を招き、GDPを1.6%引き下げた。 借り手の企業の側の問題。不良債権を抱えているある企業が、将来性のある投資機会を見つけたとする。しかしそのプロジェクトだけを取り出すと収益性があっても、その企業全体のバランスシートで見て良くないと金融機関は貸さない。そのために本来有望なプロジェクトが生かされない。こういうデッドハングオーヴァーの状態にある。それを回避するために分社化などが行われているが、これも簡単にはいかないため、もっと簡単にできるよう商法改正が日程に上っている。

 他方分社化で悪い部門を切り離し、本体のバランスシートをよくすると、全体の業績は良くなくても、本体には法人税がかかってくる。これを避けるために連結納税制度を採用すべく法人税の見直しをしている。 これらはデッドハングオーヴァー状態を脱して有望なプロジェクトを立ち上げられるよう、現在取り組まれている制度の改革であるが、全体としてそういうニーズがどのくらいあるのかが重要で、それについては政策の側も手探り状態である。

 関連した問題として、バブル後遺症で苦労している中小企業を救済しなければならない、ということで現在様々な政策が採られている。しかし中小企業イコールベンチャー企業というわけではなく、大半は本来市場から退場するはずの企業である。これら中小企業が銀行から借り入れる場合の信用保証に関連してモラルハザードも起こっている。

質問

 報告の最後でいわれた雁行形態について。一橋グループの調査では、製造業に限っていうと、開発経済で輸入から国内生産へ移行するプロセスと、国内生産から輸出へと乗り出すプロセスと、この二つの段階で技術革新を進めるインセンティブが大きく、エネルギーが爆発的に発揮される、という結果を得ている。これは吉川氏の雁行形態には当てはまらない。

 サービス業では、人的資源なども含め技術革新的なものが発揮されるインセンティブはどこからくると考えられるか。

 バブル時の地価の高騰に関して、吉川氏は転売よりもオフィスビルやリゾ−ト開発の実需がかなりあったといわれたが、リゾ−ト開発等の読み目を誤った最大の原因は何か。

吉川

 私の話はもっと一般的で、どんな産業も企業も、あるいは個々の生産も、必ず成長の天井を迎えるということである。天井は基本的に需要によって決まる。需要に沿って生産技術やそれを消化するインセンティブ等々の問題があり、輸入代替から輸出主導工業化までのプロセスの話が出てくる。これも含めて緩い意味でのS字型カーブを描く。

 非製造業も本質的な違いはない。成長をリードするのは需要であり、しかしそのうち限界に達する。あるスケールをもって経済全体をリードするようなものとしては、広い意味でのサービス産業では情報・通信がそれに当たるのではないか。

質問

 一橋グループの調査はサプライサイドにこだわりすぎていて、もっと需要のサイドを見るべきだということか。

吉川

  そうだと思う。新しい産業・企業を導入してくるのは企業家精神の持ち主であってこれはサプライサイドの問題だが、ポイントは需要が伸びるということである。バブル時代の土地取引を実需が主だったとは考えていない。転売の場合でも問題は同様である。地価が最終的に上がるという神話がベースにあって、転売を含む土地取引が盛んになる。リゾ−ト開発は政府が後押しし、銀行も企業もそれをシェアした。

質問

 80年代後半のバブルをどう理解するかという問題。田中列島改造時の地価高騰との比較。田中の時は日本のずみずみまで、具体的な開発計画のあるなしに関わらず地価が上がった。今回は大都市中心の高騰と、リゾート開発による高騰であったということだが、投下されて動いたお金の量からいうと圧倒的に大都市で回っていて、リゾ−ト関連はそれに比べると小さかったのではないか。

 それを含めてバブル性はむしろ田中列島改造時より今回の方が大きかったのではないか。その後の不況の克服の仕方で今回の方が四苦八苦しているのはそのためではないか。

 また、70年代に高度成長がオイルショックで収束するときは先進国に共通のものもあったが日本特有の現れ方をした。それに対して80年代後半のバブル時はかなり世界で共通の現象があるのではないか。

吉川

 今回のバブルが岩戸と列島改造の二つの地価高騰現象の中間というのは、性格が中間なのであって、バブル性が中ぐらいという意味ではない。地価の上がり方を見ると、分子を将来の期待収益、分母を利子率とすると、70年代の列島改造は低金利の影響が強い。金利はどういう土地でも同じ条件である。すべての土地がほぼ比例的に上がった。80年代後半は、当初は分子の方から上がった。低金利というより分子のオフィスビル用地から上がり、東京の商業地 東京全体、地方のリゾ−ト地というように上がっていった。分子が先行し、分母の力も働いて上がったという意味で中間型といった。

 期待収益は期待収益であって事後的に見て正しいか正しくないかは別問題である。しかし事後的に見たら全部が雲をつかむ話で、間違っていた、というのをバブルというならば、今回の「バブル」はまさにバブルであった。期待収益が上がって開発がなされ、さらに地価が上がっていったが、その開発も間違いであった。

 土地開発に動いたお金は大都市とリゾートとどちらが大きいかは確認していないが、リゾートは全国的なので、動いたお金の量にそれほど大きな違いはなかったのではないか。

 80年代には日本と同様、スウェーデンやフランスなどにバブル的な現象があった。これは通常金融自由化と結びつけて理解されている。直接金融に大企業がアクセスできるようになり、顧客の減った銀行が中小企業に融資し、それが土地投資につながったと見る見方である。しかしこのつながりの論理に必然性があるわけではない。

質問

  1. 生産性について。建設・サービスが高度成長期は製造業と比べて相対的に高かったのが、70年代に低くなったということだがそれはなぜか。TFPのグラフで、製造業と非製造業でTFPの貢献度が最近のところで違っていたかもしれない。資本と労働の話も含めて、生産性の話を聞きたい。

  2. 主体的条件と客観的条件、雁行形態について。かつて繊維、造船、鉄鋼、家電、自動車など時代によりどんどん新しい産業を見つけて繁栄してきた日本の企業が、最近になって新しいものが見つけられなくなったのはなにか条件変化があるか。あるとしてそれは主体的条件か客観的条件か。 財政の失敗というものが主体的条件の変化によるものか、大蔵省や日銀の能力に変わりがなくても、客観的な条件が難しくなって対応できなくなったのか。
吉川

 TFPのグラフから。TFPは従来から製造業で高く出がちである。TFPで製造業と非製造業の関係は従来から非が相対的に低いが、しかし70年代以降はほとんどゼロになっているという変化が見られる。製造業と非製造業で生産性がなぜ逆転したかにも関係するが、60年代に製造業が非常に伸びたのは、テクノロジーによる生産性の伸びももちろんある。収穫逓増など。70年代以降日本の非製造業はどんどん生産性が落ちていく。落ちていくようなシステムを守ってきたのである。非製造業、特に中小企業の場合一つのユニットが一人の人と対応していて、政治的な集票と関係して相対的に大きなウェイトを持つことになる。自分たちの既得権やウェルフェアを守る意味で政治的な発言力を相対的に大きく持つ。システムを温存しやすい。70年代以降日本は後ろ向きの意味での、自営業者を守るという政治的システムを作り上げてきた。建設業も農業も中小の商店でもそれが続いている。効率性から見ると問題が多い。所有と生産力との間のコンフリクトで、生産性が落ちるのは不思議でない。  財政も大きくは給与生活者から自営業者へ移転している。歳入も歳出も両面でそれが見られる。財政の問題は大蔵省、日銀というより政治の問題である。70年代以降全く政治が後ろ向きの役割しか果たしていない。

質問

 地方都市の商店街の没落の問題が80年代後半から出て最近はもっと深刻になっている。大店法による規制はそれ以前からできていたが、にもかかわらずそういう問題が起きている。農業も同じように政治的な保護が与えられながら80年代半ば以降立ち行かないものがどんどん増えている。そういう変化といまの吉川氏の言われたこととの関係はどうなっているか。

吉川

 大ざっぱに言えば、その変化はおそずぎる。私は規制緩和論者ではないが、一つの産業を守るとか望ましい社会のあり方ということと、個別の特定の利益は別。ある自営業が世襲で存続すべく保護するというのはどうであろうか。農業を一つの産業として維持することは重要だが世襲で特定の農家が存続するかどうかは別。商店街の商店についても、現在の商店の人々が世襲で維持することが必要かどうか。

質問

 非製造業の生産性について。日本が国際的に見て際だって低いかどうか。細かく分けて考えると、生産性が低いのが当然あるいはむしろ望ましいセクターたとえば教育と、生産性が上がった方がよいセクターとある。日本の現状とこれからどうあるべきかということを補足してほしい。新しい需要をどう創出するかに関わって。

吉川

 国際比較をしていないのではっきりはわからないが、おそらく多くの非製造業はアメリカと比べて著しく低く、ドイツやイギリスとくらべても低いだろう。非製造業の中には労働生産性では善し悪しをはかれないものがある。しかしここで出した例は、建設やいわゆるビジネスの部門であって、これは生産性が問題になる。非製造業セクターの生産性の低さは日本の大きな問題であることにはかわりはない。

質問

 どこがこれからリーディングインダストリーになるだろうか。

吉川

 教育ではないか。

<文責:土田とも子>