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研究目的
    橘川武郎(きっかわ たけお)

@1990年代の日本は、経済の停滞と政治の迷走とによって特徴づけられる低迷の時代を経験した。1980年代に世界的規範と賞賛された日本の企業経営や経済システムは、一転して、「諸悪の元凶」と批判されるにいたった。より重要なことは、日本経済や日本企業にはそもそも必要な諸改革を成し遂げる力がないという判断が広がったことである。このような観点に立つと、日本の1990年代は、改革の機会を逸した「喪失の十年」だったということになる。今や通説とも言える上記のような見解は、はたして正確なものだろうか。本研究は、このような問題意識に立ち、日本の企業経営にかかわる諸問題に光を当てようとするものである。
 本研究の構成は以下の通りである。
 T 問題の所在:T-1何が語られてきたか/T-2何が起き、何が起きなかったか
 U 国際的枠組み:U-1制度のグローバリゼーション/U-2市場のグローバリゼーション
 V 企業金融:V-1「失敗の本質」とエクセレントカンパニー/V-2銀行の融資戦略と審査能力
 W 人的資源管理:W-1雇用調整とホワイトカラー/W-2ソフト開発とグローバル・オペレーション
 X 政府・企業間関係:X-1規制緩和と規制産業/X-2中小企業政策のパラダイム転換
 Y 社会制度としての企業:Y-1年金、スキル形成、フリンジベネフィット/Y-2集積と地域社会
 Z 総括と展望
 Tでは、1990年代の日本の企業をめぐる問題の所在を明らかにする。1970年代から90年代にかけてどのような説明が行われてきたかを批判的に検討した(T-1)うえで、当該期に日本の企業をめぐって何が起き、何が起きなかったかを、鳥瞰図的に描き出す(T-2)。Uでは、1990年代の日本の企業をめぐる国際的枠組みの変化を、グローバリゼーション下のビジネスチャンスの変容という観点から検討する。その際、法や制度がグローバル・スタンダードへ移行する問題(U-1)と、それとは無関係に企業がターゲットとする市場のグローバル化する問題(U-2)とを、ひとまず分けて考える。U-1、U-2とも、産業構造の変化や日本企業の国際的展開を視野に入れる。Vでは、まず、1990年代の日本において、多くの事業会社が資金調達・運用面で失敗した経緯を振り返り、少数の企業金融面でのエクセレントカンパニーの動向と比較対照することによって、失敗の本質を解明する(V-1)。次に、銀行の融資戦略と審査能力について、高度成長期にまでさかのぼりながら分析を進める(V-2)。Wでは、まず、1990年代の日本企業における雇用調整のあり方を、ホワイトカラーのそれに焦点を合わせながら論じる(W-1)。続いて、グローバル競争下で企業に求められる新しい製品開発能力(ソフト開発能力)とコスト管理能力(グローバル・オペレーション能力)について、人的資源の育成という観点から検討する(W-2)。Xでは、1990年代の日本の政府・企業間関係に関して、政府の役割が後退した側面と、政府の役割が再定義された側面とに分けて検討する。前者については、規制緩和と規制産業の変容に目を向け(X-1)、後者については、例えば、中小企業政策のパラダイム転換などを取り上げる(X-2)。Yでは、1990年代の日本の大企業と中小企業のそれぞれについて、社会制度として企業がはたす役割が、どのように変化したか、あるいは変化しなかったかを論じる。まず、大企業について、年金・定年延長問題、スキル形成・雇用保証問題、フリンジベネフィットをめぐる問題などを検討した(Y-1)のち、中小企業について、産業集積、商業集積の動向と地域社会の変容との関係を考察する(Y-2)。Zでは、Tで明確にされる問題意識に立ち返って、U〜Yの検討結果を総括する。その場合、1990年代の日本におけるコーポレート・ガバナンスのあり方の変容、およびその程度に注目することになる。

 A本研究には、四つの特徴がある。第1は、1990年代の日本において、企業をめぐって何が起き、何が起きなかったかを、実証的に明らかにすることである。第2は、肯定的なものと否定的なものの双方を含めて、日本の企業に関する様々な説明原理を、一貫した論理で相対化することである。第3は、直接的には1990年代を論じるものであるが、その際、時系列的な文脈を重視し、70年代及び80年代とのつながりの中で、90年代の位置を確定することである。第4は、直接的には日本の企業を対象とするものではあるが、多くの外国研究者との共同研究を進め、1990年代の外国企業の実態をも掌握して、国際比較、国際関係の視角を導入することである。経済危機を経験した東アジア諸国や地域統合へ突き進むヨーロッパ諸国でも、自国の企業経営のあり方を根本的に問い直す動きがみられる。本研究は、このような新しい息吹きを積極的に取り入れて、国際共同研究を進める。
 本研究は、次のような結論を導くものと見込まれる。その結論とは、日本の企業が、1980年代には金融システムについて過大評価され、90年代には生産システムについて過小評価されたのではないか、というものである。この二つの過誤を修正すれば、日本の企業をめぐって、二つのディケードを貫く一貫性をもった説明原理を構築することができる。本研究の独創的な意義は、この点にある。
 本研究が企業金融と人的資源管理を検討対象の柱とするのは、それらが、各々、金融システムと生産システムに密接に関連しているからである。一方、1990年代の日本の企業に関しては、企業金融や人的資源管理以外にも、取り上げなければならないイシューがいくつかある。グローバリゼーションをキイワードにした国際的枠組みのの変容、規制緩和に象徴される政府・企業間関係の変化、社会制度としての企業がはたす役割の再設定、などがそれである。このような考えにもとづき、本研究では、国際的枠組み、企業金融、人的資源管理、政府・企業間関係、社会制度としての企業、の5点を検討対象の柱とするのである。

 B日本の企業システムに対して、1980年代に賞揚の声が高まり、1990年代に批判の嵐が吹き荒れた状況は、日本の論壇に限ったことではなかった。国際的な論調も、これと同様の傾向を示したのである。本研究を通じて、日本の企業システムをめぐり、二つのディケードを貫く一貫性をもった新たな説明原理を構築することができれば、内外の関連する研究に大きなインパクトを与えることになろう。

1990年代の日本企業 -日本の視座から-               
                                                                           橘川武郎(きっかわ たけお)
 1990年代の日本は、経済の停滞と政治の迷走とによって特徴づけられる低迷の時代を経験した。1980年代に世界的規範と賞賛された日本の企業経営や経済システムは、一転して、「諸悪の元凶」と批判されるにいたった。また、政治改革や行政改革への期待は報いられないまま、旧態依然とした政党の政策的無力と使命感を喪失した行政支配が継続したとも評された。より重要なことは、日本にはそもそも必要な諸改革を成し遂げる力がないという判断が広がったことである。このような観点に立つと、日本の1990年代は、「低迷の十年」であっただけでなく、改革の機会を逸した「喪失の十年」だったということになる。今や通説とも言える上記のような見解は、はたして正確なものだろうか。本研究は、このような問題意識に立ち、まず日本に視点を置いて日本の企業経営にかかわる諸問題に光を当てようとするものである。
 1990年代の日本の論壇で吹き荒れた批判の嵐と悲観的な見通しは、企業をも対象にした。その点は政治や経済に対しても同様であったが、企業の場合には、1980年代における賞揚の度合が大きかったから、二つのディケードの落差は、とくに目立った。しかし、日本の企業に対する評価が、1980年代には過大であったように、90年代には過小であったということはないだろうか。企業に関しても1990年代を「低迷の十年」、「喪失の十年」とする通説的な見解は、はたして正確なものだろうか。本研究は、このような疑問から出発する。
 本研究には、四つの特徴がある。第1は、1990年代の日本において、企業をめぐって何が起き、何が起きなかったかを、実証的に明らかにすることである。第2は、肯定的なものと否定的なものの双方を含めて、日本の企業に関する様々な説明原理を、一貫した論理で相対化することである。第3は、直接的には1990年代を論じるものであるが、その際、時系列的な文脈を重視し、70年代及び80年代とのつながりの中で、90年代の位置を確定することである。第4は、直接的には日本の企業を対象とするものではあるが、多くの外国研究者との共同研究を進め、1990年代の外国企業の実態をも掌握して、国際比較、国際関係の視角を導入することである。
 本研究を出発させるにあたっての基本的な着想の一つは、日本の企業が、1980年代には金融システムについて過大評価され、90年代には生産システムについて過小評価されたのではないか、というものである。この二つの過誤を修正すれば、日本の企業をめぐって、二つのディケードを貫く一貫性をもった説明原理を構築することができる。本研究が企業金融と人的資源管理を検討対象の柱とするのは、それらが、各々、金融システムと生産システムに密接に関連しているからである。
 一方、1990年代の日本の企業に関しては、企業金融や人的資源管理以外にも、取り上げなければならないイシューがいくつかある。グローバリゼーションをキイワードにした国際的枠組みのの変容、規制緩和に象徴される政府・企業間関係の変化、社会制度としての企業がはたす役割の再設定、などがそれである。つまり、本研究では、国際的枠組み、企業金融、人的資源管理、政府・企業間関係、社会制度としての企業、の5点を検討対象の柱とする。

1990年代の日本企業 -国際的視座から- 
                                                                              工藤 章 (くどう あきら)
1990年代の日本は経済の停滞と政治の迷走とによって特徴づけられ、論壇では批判の嵐と悲観的な見通しが吹き荒れた。しかも、日本にはそもそも必要な諸改革を成し遂げる力がないという判断が広がった。このような観点に立つと、日本の1990年代は、「低迷の十年」であっただけでなく、改革の機会を逸した「喪失の十年」だったということになる。その批判と悲観は企業をも対象にした。1980年代に世界的規範と賞賛された日本の企業経営や経済システムは、一転して、「諸悪の元凶」と批判されるにいたった。しかし、日本の企業に対する評価が、1980年代には過大であったように、90年代には過小であったということはないだろうか。企業に関しても1990年代を「低迷の十年」、「喪失の十年」とする通説的な見解は、はたして正確なものだろうか。本研究はこのような疑問から出発し、本領域研究の計画研究1と密接に連携しつつ、“Corporate Governance in Asian-European Perspective”をテーマとして、国際的視野に立って日本の企業経営にかかわる諸問題に光を当てようとするものである。 本研究の特徴は、多くの外国研究者との共同研究により1990年代の外国企業の実態をも掌握して、国際比較、国際関係の視角から日本の企業を解明することにある。実際、経済危機を経験した東アジア諸国や地域統合へ突き進むヨーロッパ諸国でも、自国の企業経営のあり方を根本的に問い直す動きがみられる。本研究は、このような新しい息吹きを積極的に取り入れて、国際共同研究を進め、次の3つの点を明らかにしようとする。第1は、1990年代の日本において、企業をめぐって何が起き、何が起きなかったかを、実証的に明らかにすることである。第2は、肯定的なものと否定的なものの双方を含めて、日本の企業に関する様々な説明原理を、一貫した論理で相対化することである。第3は、直接的には1990年代を論じるものであるが、その際、時系列的な文脈を重視し、70年代及び80年代とのつながりの中で、90年代の位置を確定することである。