「失われた10年」を超えて ㈵:経済危機の教訓

全所的プロジェクト

『「失われた10年」を超えて』シリーズ刊行!


内 容 紹 介

「失われた10年」を超えて ㈼:小泉改革への時代

 

『「失われた10年」を超えて』シリーズの刊行にあたって

東京大学社会科学研究所所長    小森田秋夫  
同全所的研究プロジェクト運営委員長  橘川武郎

 

 このたび東京大学出版会から刊行することになった『「失われた10年」を超えて』シリーズは、東京大学社会科学研究所が2000年度から2004年度にかけて取り組んだ全所的研究プロジェクト「失われた10年? 90年代日本をとらえなおす」
(The Lost Decade? Re-appraising Contemporary Japan)の研究成果をまとめたものである。

  東京大学社会科学研究所は、近年、社会科学の研究において不可欠な研究情報を蒐集、保存、公開して利用に供する「インフラストラクチャ型研究所」としての性格を強めつつも、なによりも法学・政治学・経済学・社会学の4つのディシプリンにまたがって、世界各地域との“比較”と“関係”という観点から日本社会を社会科学的に分析する学際的な共同研究プロジェクトを重視する研究所、そのような意味で「プロジェクト型研究所」としての性格を、その伝統として大切にしてきた。 全所的研究プロジェクトは、このようなプロジェクト型研究所としての特徴を端的な形で表現したものにほかならない。 社会科学研究所はこれまで、数年の研究機関を設定し、「基本的人権」、「戦後改革」、「ファシズム期の国家と社会」、「福祉国家」、「転換期の福祉国家」、「現代日本社会」、「20世紀システム」をテーマにして全所的研究プロジェクトを実施し、それぞれ2巻ないし8巻から成る成果を、東京大学出版会から刊行してきた。 今回の『「失われた10年」を超えて』も、このような伝統の一環として位置づけることが出来る。

  東京大学社会科学研究所が取り組んだ全所的プロジェクト研究「失われた10年? 90年代日本をとらえなおす」は、1990年代は改革の機会を逃した「喪失の10年」であったとする通説的な見解を批判的に検討しつつ、1990年代のわが国において、実際には何が生じ、何が生じなかったのかを実証的に解明し、さまざまな点で長期的な構造変化が生じた1990年代の歴史的位置づけを与えることをつうじて、21世紀の日本のあり方を考えるための基礎的な知的基盤を提供することをねらいとしたものであった。

  このプロジェクト研究は、次のようなテーマを掲げ、カッコ内に記した社会科学研究所のスタッフを代表者とする12の研究グループから構成された。

   ○「日本企業と産業組織」(橘川武郎・工藤章)
  ○「日本経済と産業組織」(松村敏弘・佐々木弾・中村民雄)
  ○「大企業ホワイトカラーの人事管理と業務管理」(中村圭介)
  ○「教育と若年労働市場の変容」(石田浩)
  ○「グローバライゼーションと福祉国家:生活保障システムの比較総合研究」(大沢真理)
  ○「福祉国家と住宅」(佐藤岩夫)
  ○「先進国の中の日本政治変化」(樋渡展洋・平島健司)
  ○「国際秩序の変容と日本」(樋渡展洋・石田淳)
  ○「90年代日本の思想変容」(平石直昭・宇野重規)
  ○「開発と市場移行のマネジメント」(中川淳司)
  ○「自由化と危機の国際比較」(末廣昭・小森田秋夫)
  ○「中国の移行経済体制」(田中信行)
 

  これらのグループ研究の成果は、それぞれ学術書として出版されるとともに、東京大学社会科学研究所が発行する紀要『社会科学研究』の特集や『東京大学社会科学研究所研究シリーズ(ISS Research Series)』の特別号として発表されつつある。このような形での研究成果の公刊は、今後、数年にわたって継続するであろう。

  また、このプロジェクトには、9ヵ国11箇所の海外研究協力機関と、12ヵ国50名の海外研究協力者が参加した。一方、2002年11月にヴィッテンベルグで行われたドイツ語圏の現代日本社会科学学会(Vereinigung fur sozialwissenschaftliche Japanforschung)の年次総会、および2003年4月にシェフィールドで行われたイギリス日本研究学会(The British Association for Japanese Studies)の年次総会では、このプロジェクトの成果が中心テーマとして取り上げられ、プロジェクトを構成するグループ研究の代表者が複数名、ゲストスピーカーとして報告を行うとともに、その内容をまとめた論文を現地発行の学術書や学術誌に発表した。また、これらとは別に、プロジェクトに関連する国際コンファレンスを、日本だけでなくドイツ、イギリス、ブラジル、中国、韓国などで開催した。

 本書『「失われた10年」を超えて』は、上記のグループ研究の成果を土台に、全所的研究プロジェクト「失われた10年? 90年代日本をとらえなおす」の成果全体を集大成したものである。本書の研究方法上の特徴としては、二つの点を指摘することができる。それは、実証性と論理一貫性である。
  「失われた10年」と呼ばれた1990年代以降、日本社会が直面することになった危機の本質を理解し、その解決策を見出すためには、まず、実際に何が起き、何が起きなかったかをみきわめることから出発しなければならない。また、提示された危機克服の処方箋が適切であったか否かを判定するためには、その内容と実行プロセス、帰結について、濃密な観察を行う必要がある。本書は、このような見地に立ち、実証性に重きをおいて諸問題に接近する。そして、具体的な問題解決策を提示する場合にも、それが実態に即したものであることを、とくに重視する。
  一方、本書が論理一貫性を強調するのは、1990年代以降の日本について否定的な評価が支配的である現在の状況と、日本的諸システムに対する肯定的な評価に満ち溢れていた1980年代までの状況とが、あまりに対照的だからである。社会科学に携わる学徒として、このような評価の場当たり的急転換を放置することは許されない。日本の社会システムに関して、1980年代までと1990年代からとを一貫した論理で説明しうる視座を提示することは、日本の社会科学者が等しく負うべき重大な責務なのである、とわれわれは考えている。