--MESSAGE11--  (2002/7/07)
ご無沙汰いたしております。東京大学社会科学研究所の末廣昭です。この6月から7月にかけて、アジア諸国の企業活動にについて、いくつかの研究会があり、同時に興味あるワークショップや国際会議に参加しましたので、簡単にご報告させていただきます。
まず6月6日から7日は、アジア開発銀行研究所(ADBI)、慶應義塾大学、太平洋経済協議会金融開発プロジェクト(PECC-FDP)の共催で行われた「危機後のアジア諸国の銀行の役割強化と資本市場の発展」と題する国際ワークショップに出席し、第2セッションの「商業銀行の所有構造とその力」において基調報告を行いました。アングロアメリカ流の金融制度改革、証券市場改革に対して、よりアジア諸国の実態にそくした金融制度改革をどう設計するかが大きなテーマで、大変刺激的な会合でした。そのアジェンダをPDFで再録します(PDF「アジア開発銀行金融ワークショップ」)。また議論のようすはアジア開発銀行研究所(ADBI)のサイトでみることができます。http://www.adbi.org/publications/APFReports/prop_dtl.htm#p3

次に6月15日(土)の「ファミリービジネス研究会」では、中村尚史氏(東京大学社会科学研究所)から、日本における財閥研究史の整理と最近の地方企業史の研究が途上国のファミリービジネス研究に与える「示唆」について報告を受けました。従来の三井財閥を中心とする「財閥研究」より、地方の資産家と投資家が結合して「企業勃興」を生み出した日本における地方企業史の研究にこそ、途上国の企業やファミリービジネスの研究を行う方法的ヒントがあるという、大変興味深いものでした。その内容はホームページに掲載されています。

7月10日にはアジア開発銀行研究所における「アジア企業ガバナンス」研究会に出席し、佐藤百合氏(アジア経済研究所)のインドネシアにおける上場企業の所有構造と経営形態について、詳細な実態分析の報告を受けました。この報告では、いわゆる「究極の所有主」が家族であるファミリービジネス型企業や、所有と経営の分離が進んでいない企業が、必ずしも通貨危機のあと「悪い経済パフォーマンス」を示しているわけではないとの結論を示し、世界銀行の企業研究とは異なる結果を論証しています。佐藤氏のインドネシア上場企業研究は、昨年5月に末廣が刊行したタイ上場企業の分析
(Akira Suehiro, Family BusinessGone Wrong?: Ownership Structure and Corporate Performance in Thailand,ADBI Working Paper No.19, May 2001;ttp://www.adbi.org/PDF/wp/Wp19_n.pdfとほぼ同じ手法によるもので、分析結果は、タイ、インドネシアのどちらも上場企業の所有形態、とくにファミリービジネスであるかどうかの判別よりも、その資金調達の方法、政治との関係、経営の質の違いにもとづくという点で一致しています。いずれにせよ、アジア諸国やラテンアメリカ、ロシア・東欧などの「企業ガバナンス」を検討する場合、所有形態だけでなく、上場企業の経営体制や企業行動、さらにはより広い政治社会的コンテキストのなかで理解する必要があるという、これまでのわたしたちの方針と合致した観察がなされています。

7月12日(東京大学社会科学研究所)と13日(第3回ファミリービジネス研究会)には、マレーシアの企業研究を精力的に進めているエドムント・テレンス・ゴメス氏(マラヤ大学経済学部助教授)から、マレーシアにおける上場企業の分析と、中国人系企業の現状について、これまた興味深い報告を受けました。前者の報告の内容はホームページに掲載してあります。また、後者の議論の報告用レジュメも、以下のPDFでご覧になることができます。

マレーシアの中国人(華人系)企業の報告については、有力華人系企業のあいだには、欧米の研究者が強調するような「人種内での一体感」や「祖国への忠誠心」、あるいは「bamboonetworks」と称される「華人ネットワーク組織」は、確認できない。
「intra-ethnic cooperation」よりは「inter-ethnic cooperation」のほうが、そして「intra-ethnic competition」のほうがより重要であること。また、そうした人種内の競争関係が企業発展のダイナミズムを形成していること。さらに所有形態において、かりに特定の華人系所有主家族が一定の株式を所有しつづけているようにみえても、世代交替によって企業の経営方式も所属している国に対する認識(祖国中国ではなく、事業を展開しているマレーシア)も大きく違っていること。そうした事実をもっと認識すべきであるという、きわめて論争的な報告でした。

以上のような研究会にいくつか参加する機会があり、わたしなりにアジア諸国(発展途上国や中進国)の企業行動やファミリービジネスをどう捉えたらよいのか、少し論点を整理してみました。以下に紹介しますので、コメントいただければ幸いです。
アジア諸国の企業研究の論点整理(末廣昭メモ)

なお、こうした「企業研究分科会」と並行して、「民営化研究会」、「生活保障システム研究会」も企画を進めていますので、ぜひ今後の研究会の案内をごらんください。