1980年代の債務累積危機を契機にラテンアメリカから始まった経済の自由化の動きは、90年代前半にはロシア・東欧に、さらに90年代後半にはアジア諸国に波及した。世界銀行の独自のカウントによると、1980年代から90年代に発生した通貨危機もしくは金融危機は、じつに109件にも達した。かつてのような世界大恐慌は影をひそめたものの、地域レベルでの経済危機が頻発しているのである。
一方、これらの地域では、経済自由化、規制緩和と経済危機に直面するなかで、金融市場・金融制度の改革、企業経営の再編成とアングロアメリカ流の「企業ガバナンス」概念の導入、国営企業の民営化・株式会社化、労働市場の流動化と労使関係の再編、地域統合の進展など大きな構造変化を経験し、同時に政治と社会の不安定化にもさらされている。なおこれらの地域では、ロシア・東欧諸国も含めて、経済の自由化や市場経済化はほぼ地域を横断する動きとして進展しているが、反面、各地域,各国では不安定化する政治や社会に対応するために、地域住民社会(コミュニティ)、宗教団体、労働団体、NGO・NPOなどが、独自の社会改革や「生活保障システム」の構築を目指している。こうした自由化の流れとそれに対する主体的な対応という2つの動きの理論的かつ実証的な検討は、21世紀の世界、そして日本の将来を展望する上でも、避けてとおることができない課題である。 そこで本研究会は、まず各地域ごとに経済自由化の背景、具体的には国外の動き(経済のグローバル化や金融自由化の潮流など)と国内の政治経済的要因を分析し、同時にIMF・世界銀行の方針と彼らが経済自由化に果たした役割を検討する。その上で、経済自由化と経済危機の因果連関、危機に対するさまざまな経済改革(制度改革、構造改革)、そして危機克服後の各地域・国の新たな政治経済社会に向けての変革の試みを、各地域の固有性に注目しながら整理し、同時に地域ごとの相互比較を行う。その場合、主として取り上げるテーマは次の3点である。 (1)各地域の貿易、資本取引、金融、直接投資、労働市場、社会政策などの分野で、自由化と規制緩和がどのような背景とどのようなプロセスのもとで進められたのかを具体的に検討する。その場合、国際金融機関による外圧と、国内における政治社会勢力の要求という2つの側面に注目し、地域間の比較検討を行う。 (2)各地域が経済危機に直面したあと導入した一連の経済改革、制度改革を整理する。とくに、金融制度改革、企業活動の再編と「企業ガバナンス」概念の導入・実施、国営企業の民営化・株式会社化などについて、地域毎の特徴や共通点・相違点を明らかにする。 (3)通貨・経済危機や急速な市場経済への移行がもたらした社会の不安定化の実態を明らかにし、同時にそれを克服するために企画されているさまざまな社会政策や社会保障制度の比較検討と、「生活保障システム」のあり方の違いを浮き彫りにする。 |