これまでの研究、他との連携 自由化と危機の国際比較 トップ自由化と危機の国際比較 トップ


 アメリカでは、コーネル大学やジョンホプキンス大学などが中心となって、早くからラテンアメリカと東アジアの間に見られる政治体制の違いや経済発展パターンの違いを比較検討する研究を進めてきた。ハガードたちよる民主化、構造調整、自由化政策などの比較研究は、その代表的なものである。世界銀行の場合も、『世界開発報告』やテーマ別研究を問わず、ラテンアメリカと東アジア、南アジア、サハラ以南のアフリカ、さらには市場経済移行国を含んだ比較研究が盛んである。
これに対して、日本の場合には地域研究者の地域間の敷居が高く、学会組織も人的ネットワークも地域をベースに作られているのが通常である。地域を超えた大胆な問題設定による共同研究はほとんどないし、国際比較研究も限られていた。そうした中でラテンアメリカ研究者たちは、比較的アジアの経験を意識しながら、ラテンアメリカの研究を進めてきたといえる。1998年にラテンアメリカ協会が主催した「ラテンアメリカと東アジアの経済危機の比較共同研究」(主査 細野昭雄氏)は、地域の垣根を超えた数少ない事例といえる。
一方、日本の地域ごとの研究に目を転じると、一国研究(country study)が圧倒的であり、アジア諸国の地域研究をベースとした比較研究を事例にとっても、韓国と台湾の間の比較研究とか、東南アジア諸国の中での比較研究が大半であった。東アジアと東南アジアの研究者でさえ、共同研究を進めるようなことはごく最近までほとんどないのが実情であった。ましてやアジア研究者がラテンアメリカやロシア東欧の研究成果に関心を抱いたり、逆にロシア東欧の研究者がラテンアメリカ研究者と活発に交流するということもなかった。
ところが、グローバル化、自由化、民営化、通貨危機に対する関心が高まる中で、地域横断的な共同研究も日本で開始されるようになっている。アジア経済研究所が主催する国際共同研究とその会議の成果の刊行などがそれである。また、同研究所が2000年度から開始した福祉国家・社会政策のラテンアメリカ地域とアジア地域の比較研究などは、注目に値する試みであろう。2001年には、日本国際問題研究所が外務省の委託を受けて「東アジアと中南米の持続的な経済発展の経験と課題」と題する共同研究会を立ち上げた。地域を超えたテーマごとの国際比較研究は、ようやく緒についたばかりである。
東京大学社会科学研究所では、中川淳司が組織する「開発と市場移行のマネージメントの国際研究」が、国際機関、アメリカ、ラテンアメリカ、ロシア東欧、アジア諸国の研究機関や研究者との協力のもとで、自由化とその後の経済運営のあり方について、国際共同研究を進めつつある。私たちの「自由化と危機の国際比較研究会」も、このプロジェクトと緊密に連携しつつ、主として日本における地域研究者を動員して、地域を超えた研究体制を構築しようとするものである。幸い、社会科学研究所にはロシア東欧やアジアに関する研究蓄積があるので、同研究所のメンバーを軸に、アジア経済研究所に所属するラテンアメリカ研究者たちの協力も得て、このプロジェクトを進める予定である。
テーマ別にいえば、自由化と危機への対応、企業カバナンスや民営化の問題は、中川プロジェクトとは別に、東京大学社会科学研究所の全所的プロジェクトのうち、「日本研究班」(橘川・工藤)、「労働研究班」(中村)と密接に関連しているし、「生活保障システム」や社会政策の問題は「福祉国家研究班」(加瀬・原田)と関連している。私たちの共同研究は、一方で研究所内の他のプロジェクトと連携を図りつつ、他方で外の研究機関や研究者ともネットワーク関係を構築しながら、各国・地域の、そして日本の今後の経済社会システムのありかたについて考えてみたい。