セミナーの記録と日程

全所的プロジェクト研究

第14回プロジェクト・セミナー

2000年3月30日 ◆於:社研大会議室

ラテンアメリカの自由化  報告:小池 洋一(アジア経済研究所)

ラテンアメリカにおける福祉国家  報告:宇佐見 耕一(アジア経済研究所)

ラテンアメリカの社会政策   報告:浜口 伸明(アジア経済研究所)

 以下は第14回プロジェクトセミナーの議論の概要である。

【宇佐見 耕一】  ラテンアメリカにおける福祉国家

1.ラテンアメリカにおける福祉国家

2.アジア経済研究所での「ラテンアメリカにおける福祉国家」研究会

3.個人的な研究

・「アルゼンチンにおける福祉国家の形成:ペロン政権の社会保障政策」(未発表)

 福祉国家研究の方法論としては経済成長、社会・経済システムを反映したものや、地球規模的要因を重視するものなど様々な手法があるが、制度の制定には政治的要因が重要 であると考えている。ただ社会・経済システムの影響も必然的に存在するので、前提条件として第一次世界大戦以降の輸入代替工業化が始まり、それにより国家が労働者の雇用 と賃金を保障しているが、その一方では国家は公共部門の肥大による公務員の大量雇用により、失業率が低下し、その下で農業部門の雇用も低下し、都市の公共セクターが輸入代替工業化の下で拡大する社会を想定する。このような経済・社会的な条件が福祉国家の形成に影響を与えた。

 その下でペロン政権は労働組合と産業団体を主に上から統制しようとする国家コーポラティズム的な要素があった。その一方で労働組合には自律性があり、国家コーポラティズム は限定的である。産業界は労働組合の影響力に比べて弱かったが、ペロン政権は伝統的なアルゼンチン工業連盟に代わり、アルゼンチン経済会議を立ち上げた。しかし、結局潜在 的な工業連盟の影響力を自由に国家管理できず、やはり国家コーポラティズムは限定的であるといえる。

 その限定的な国家コーポラティズムのもとでハイブリッドな社会保険制度が形成された。政府は中央集権的に政策立案をしたが、伝統的な年金組合・労働組合・公務員による年金組合などが既得権を離さず、また産業別の医療保険組合も独自性を維持した。中央集権的なシステムの拡大と同時に、個別の社会保険が広がるというハイブリッドな社会保険制度 が確立した。

 福祉においては一般的な制度は確立していかなかったが、ペロン財団(ペロン大統領夫人による福祉財団)が様々な法律によって税金を取りこんで、貧困家庭や女性、労働者に資金を再配分するシステムを作り、彼らをペロン政権の支持層に組み込む機能を果たした。しかし、一般的ではなくて恣意的な制度である。

 このような制度が輸入代替工業化と並行し、軍事政権も乗り越え、1990年代の改革まで基本的枠組は維持された。

・「柔軟化と社会保障制度改革:アルゼンチンの事例」、小池洋一・西島章次編『市場と政府:ラテンアメリカの新たの開発枠組』、アジア経済研究所、1997年

・「アルゼンチンにおける経済自由化と雇用問題」、『ラテンアメリカ・リポート』vol. 12. No. 2 1995年

 …福祉国家の枠組は経済・社会システムを反映したものであり、それらが変更すると社会保険制度も変化するという思考に基づき、輸入代替工業化の下で自由化による大量失業が 恒常化し、雇用関係の柔軟化の圧力になり、労働賃金を労働コストとしてみる見方が産業界では強くなった。輸入代替工業化の下では労働賃金の上昇部分は製品に転化できた が、自由化の下ではそれがしづらくなった。そのため、労働賃金の労働コストとしての認識が強まるり、雇用関係の柔軟化を促進させ、それに伴い雇用契約法の改訂も行われている。

 また自由化による大量失業の恒常化により家計の所得は低下し、また雇用関係の柔軟化で雇用が不安定化することによっても家計の所得は低下する。家計所得の低下を補う目 的で女性の労働力市場への参加が増加している(例アルゼンチン)。さらに雇用関係の柔軟化によって失業が増加している。

 これらの社会・経済システムの変化によって、労働法、医療保険制度、年金制度などが改正されている。

・「アルゼンチンにおける年金制度改革」、『ラテンアメリカ・リポート』vol.16.No.1 1999年

 …1993年に従来の賦課方式の年金制度一本化から、賦課方式か混合制度と呼ばれている積立方式の年金制度かどちらかを自由に選択できるようになった。積立方式の場合に は年金運用会社を自由に選択できるので、従来密接に関わっていた雇用と年金制度の両者が切り離された。その結果賦課方式の選択者が減少し、積立方式の選択者が増加した。賦課方式選択の減少はそれを支えた社会的連帯意識の低下によるものであり、その意識低下の理由は輸入代替工業化の下での安定的な雇用制度の崩壊にある。

・「アルゼンチンにおける社会医療保険改革」宇佐見編『ラテンアメリカの雇用と社会保障政策』、アジア経済研究所、2000年

 …アルゼンチンの社会医療保険は主として被雇用労働者を対象としており、自営業者はカバーされていない。社会医療保険の多くが労働組合によって運営されていたが、そのサー ビスの内容は高いとは言えない。医療システムとしては、貧困層は原則無料の公立病院で、高所得者層は民間の医療保険に加入し、医療サービスを受けている。1997年からはアメリカの「管理競争の原理」を導入し、社会医療保険加入者は社会医療保険を自由に選択できるようになった。つまり、医療保険組合は互いに競争し、加入者は経済的に低コスト で質の高い医療供給を求めるようになった。医療保険組合は労働組合のなかでも重要な部門であるにもかかわらず、労働組合の全面的支持を基盤とするペロン党が自由選択性を 採用した背景としては、労働組合の弱体化が挙げられる。それは組織率の低下や、ペロン政府における労働組合出身議員の比重低下、ゼネストの社会的インパクトの低下に起因する。

・「アルゼンチンの高齢者:暮らしと保障(仮題)」(近刊)

 …老人ホーム訪問のルポルタージュ。社会福祉のあり方の方向性について、金銭負担に見合ったサービスを重視するアメリカ的方向に行くのか、ボランティア・NGOなどの市民参加 による福祉多元主義的な社会に向かって行くのかは現状では判断が難しい。

<記録:表江清美>