呼びかけ
 

グローバライゼーションと福祉国家


 日本社会は不況と不安と負担回避の悪循環にあえぎつつ新世紀に入った。「小泉改革」への過剰な期待は、事態の打開を託せない政治への苛立ちが反転したものとみなせる。

 景気低迷の原因は雇用不安と老後不安による個人消費の不振にあるといわれるが、経営側はこの間、国際会計標準の導入など経営のグルーバル化に備えて、ことさらに人件費負担の回避に走ってきた。中高年男性の雇用リストラと並行して、社会保険料など公的負担を回避する傾向も強まり、とくに女性の雇用が急激に非正規化されている。

 雇用が劣化するとともに、現行の社会保険をはじめとする社会政策の体系が頼りにならないことが露呈し、不安をさらに煽る。若年層、とくに女性にとって、結婚や子育てが負担と感じられるため、少子高齢化が加速する。負担回避が年金財政や介護負担の将来見通しを一層悪化させるという悪循環なのだ。

以上のようなデフレと少子高齢化のスパイラルを念頭に置きつつ、本プロジェクトは、比較福祉国家研究の射程を、日本を中心として飛躍的に拡充しようとする。従来の比較研究では、研究対象を社会保障と社会福祉サービスに限定し、しかも分析の単位を家族または世帯とするものが多かった。しかし、労使関係システムと雇用政策はもとより、税制、家族のあり方、教育、住宅、環境、農業・食糧などの保障のあり方も、福祉国家の質を左右する。また従来の政策論が、家族または世帯のニーズや利害を事実上男性世帯主に代表させてきたことも、政策の有効性を損なうものだった。政策が暗黙のうちにも前提し依拠する世帯や職場のジェンダー関係を分析の軸に加えてこそ、日本福祉国家の特徴を解明できることは、近年の端緒的な研究から明らかである。

 1980年代以降は先進諸国の「福祉国家の危機後」、「福祉国家の再編期」とされ、各国でさまざまな改革が模索されるとともに、比較社会政策研究の飛躍的な発展を見た。各国の政治経済が経済成長や人口高齢化に伴って類似の福祉国家に収斂していくとする機能主義的な「直線的(linear)」アプローチは有効性を失い、福祉国家類型論に代表される政治的要因重視アプローチが展開された。しかし、日本については、その福祉国家の規模ではなく質を問いつつ国際比較的に位置づける議論は、アカデミズムでもポリシーメーカーにおいても乏しかった。国家か市場か、大きい政府か小さい政府かという、冷戦型の2分法的思考が、依然として日本の政策論議を縛っており、政策的選択肢を狭め続けている。

 1990年代は果たして日本福祉国家の再編にとっても「喪われた10年」だったのだろうか。諸外国での福祉国家の近年の動向についても種々の仮説があり、活発な研究が行われているが、日本を本格的に位置付ける研究は乏しい。本プロジェクトは、80−90年代の諸国の福祉国家再編の質と方向を明らかにすることによって、日本での制度いじりの特徴(意義と限界)を改めて浮き彫りにしたい。韓国を含む主要OECDメンバー国を対象に、家計構造、企業福祉、非営利協同部門などを含む総合的な比較福祉国家分析を、ジェンダー視角を組み込みつつおこなうことを目指している。